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-六道輪廻-
何度生まれ変わったとしても 君を探し出すと誓う 
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季節が巡るように

心が移り行くように

雨が空へと還るように

 

俺の命が消えた暁には、色を変え、形を取り戻し、何処かに辿りつくのだろうか。

 

 

「ハルちゃん?」

穏やかな春の鳥の囀りにも似た、優しげなソプラノボイスが耳元で響いた。

その心地よさにゆっくり眠りの世界へと誘われた瞼を持ち上げると、少し前は真っ青だったはずの空がいつの間にか茜色に姿を変え、目の前に広がっている。

 

「部活中、急にいなくなったからどうしたかと思ったら、こんなところでお昼寝?」

 

その茜色に、小さな影が落ちた。艶やかな黒のサイドポニーを揺らし、眼鏡の奥の瞳を緩ませるのはクラスメイトでもあり、美術部の仲間でもある櫻田かおる(女子1番)だ。

部活の途中で抜けて来たのだろうか。かおるは油絵を作成する際に身につけるダークブラウンのエプロンをしたままだった。エプロンは古い絵の具から先ほど付いたであろう真新しい絵の具まで、様々な色で薄汚れている。その中の鮮やかなブルーがやけに目に沁みて、大塚千晴(男子1番)は開いたばかりの瞳を細めた。

 

「かおるちゃん」

 

自分の口から出た声は小さく、今にも消えてしまいそうだと千晴は思った。だがかおるはそんなことなど気にも留めない様子で、未だ寝転んだままの千晴の横にしゃがみ込む。かすかに香る油絵独特の香りが、かおるの甘い香りと混ざって鼻腔を突いた。

ぼんやりと熱を帯びた上半身をやっとのことで起すと、初秋の冷たい風が頬を掠めて通り過ぎていくのを感じる。

やっと同じ高さで目線が合うと、かおるはにっこりと笑い視線を燃えるような空へと滑らせた。確か、今かおるが描いているのは、透き通る程の蒼を使った空のだ。今の空は、彼女が描いている空とはあまりにも違う。それでもかおるはそれを綺麗だと顔を綻ばせる。

 

「ねぇハルちゃん、あの雲、いちごの乗ったショートケーキに似てない?」

 

かおるが喜々として指差したのは、歪な形をした大きな雲だった。丁度三角形のような形をした雲と小さな丸い雲がくっついて、かおるの言うとおりケーキのような形になっている。千晴はふっと笑いを零し、そうだね、と呟いた。そして隣の雲を人差し指で差す。

 

「じゃぁあれはさ、なんに見える?」

「んーと、ソフトクリーム?」

「あたりー。じゃぁ、あれは?」

「えー?うーん。ひつじさん。」

「ブー。龍の家で飼ってるトイプードルの小次郎でしたー。」

「あはは!確かに似てるねぇ。」

 

小次郎、元気かなぁ。そう呟き、声を立てて笑うかおるに目をやると、かおるの頬にあるそばかすが夕日でオレンジ色に染まっているのが見えた。彼女のチャームポイントである(と千晴は思っている)それは、かおるが笑うのと一緒に上下に動くのだ。千晴はかおるも気づいていないであろうその癖がとても好きだった。

寝起きの重い身体を持ち上げ、のろのろと立ち上がる。すると今まで空を見ていたせいか、単に屋上にいるせいか、幾分か空が近くなったような不思議な感覚に陥った。あぁ。立ちくらみ、だ。白くぼやける頭をなんとか平静に戻しながら、自分の運動不足の身体を情けなく思う。

起きた?と無邪気なかおるの声がした。

 

「ハルちゃん、そろそろこんなところで寝たら風邪引いちゃう季節だよ。」

「うーん。わかってはいるんだけど…。俺のベスポジだからね、ここは。」

「ベスポジ?」

「ベストポジション。」

「ふふ、そーなの?確かに気持ちいいもんね。」

 

千晴にとってここ屋上は、狭い学校内でも指折りのお気に入りの場所だ。晴れの日は決まってこの場所へ足を運ぶのが入学当初からの千晴の日課だった。

少し前までは暖かく、絵を描くにも、昼寝をするにも最高に適した環境が整っていたのだが9月の下旬ともなれば夕方には冷たい風が吹く。

もうすぐ、唯一ここから足が遠ざかってしまう季節がやって来る。寒いのはなによりも苦手だ。ぶるっと身震いをしてポケットに手をやると、かおるがねぇ、と小さく首を傾げた。

 

「ハルちゃんは、高校どこ受けるの?」

 

唐突な質問に思わず唾を飲み込んだ。それに気が付いたのか、かおるが不安げに眉を下げる。

 

「どうしたの、急に。」

 

淡々とした調子でそう返すと、かおるは千晴の隣から数歩足を進め、屋上のフェンスに細い指をかけた。フェンスの向こうには、練習を終えた運動部の姿がちらほらと見える。

かおるはそれを見つめ、小さく息を吐いた。彼女の丸い瞳が、ゆっくりと曲線を描く。

 

「もうすぐ、卒業でしょ?なんだかこれまでずっと一緒にいたのに、寂しいなぁって。」

「…もうすぐって、まだ半年もあるよ?かおるちゃん、気が早いよ。」

 

笑い交じり言った言葉に、かおるが振り返った。そして千晴は息を呑んだ。かおるの眼鏡の奥に、光るものが見えた気がしたからだ。

だが次の瞬間にはもう、かおるの顔にはいつも通りの笑顔が浮かんでいた。自分のみた涙は、見間違いだったのだろうか。混乱しているうちに、夕日に当てられたかおるの表情が再び見えなくなり、それと同時にかおるが口をひらく。その声色は、とても穏やかな物だった。

 

「半年しか、だよ。私、あっこちゃんとも萌ちゃんとも志望校違うし…。みんなと離れ離れになっちゃうなってよく考えるんだ。3年間すごく楽しかったから、離れがたくなっちゃってるんだね。」

 

気が付けば、彼女から視線が逸らせなくなっていた。卒業なんてまだまだ先、と笑っていた千晴だが、彼らと離れてしまうことを思うとどこか、ぽっかりと胸に穴が開いたような気分になった。そうか。もう半年後には、自分はここにいないのか。

あの油臭い美術室で無心になって筆をはしらせる事も、友人と教室で騒ぐ事も、窓際の席で陽だまりの中大好きな音楽を聴く事も。

そして、かおるとこうして二人で話したりすることも、もう無くなってしまうのだ。

 

とてつもなく痛む胸をラベンダー色のワイシャツの上から押さえつけ、かおるに背を向けると屋上と校舎を繋ぐドアへと足を進めた。

背中にかおるの視線が突き刺さる。ハルちゃん、とどこか震えるような声が聞こえたがなぜか千晴は振り返ることが出来なかった。

 

「あー!!こんなとこにいた!!」

 

突然、屋上のドアが勢い良く開いたと思うと明るい声がそこから上がった。そこから顔を覗かせたのは、同クラスの神尾龍之介(男子3番)中條晶子(女子2番)だ。

龍之介の明るい茶髪が風に靡き、彼の整った顔を露わになった。千晴とかおるを見つけた途端ぱあっと顔を明るくし、龍之介が二人に駆け寄る。いつも着ているカーディガンを着ておらず、ネクタイを占めていないところを見るとどうやら部活後のようだった。そう思うと、心なしか日に焼けた肌が汗に濡れているような気がする。

 

「二人とも探したよ!美術部の顧問に聞いてもさ、どっか行っちゃったよーとしか教えてくれないし。ほーんと、適当な部活だよなー!」

 

そう言って切れ長の瞳を細めると、龍之介が千晴の暗い茶色の髪をくしゃくしゃとかき混ぜた。それを腕で軽く払いながら、どうしたの?と龍之介に向かい問う。

 

「藤くんが帰りラーメン奢ってくれるって言うから呼びに来たんだよ!萌ちゃんのおねだり攻撃で撃沈!な、あっこ!」

「うん。藤くんってば萌の『おねがぁい』に弱いから。」

 

呆れたように呟く晶子に、隣の龍之介が苦笑を漏らす。二人の言う藤くんとは我が三年星組の担任である藤丸英一先生のことだ。22歳の新任教師で、未だに抜けない学生的なノリが生徒に受けている。その藤丸が学校一の美少女といわれる成瀬萌(女子3番)に掌の上でうまく転がされている姿は簡単に想像できてしまった。

 

「よし!というわけで、藤くんの気が変わらないうちに行こー!お前ら、早く片付けて教室集合な。天ちゃんも待ってるから!

「…そんなに急かさなくても。」

「何言ってんだよあっこ!ラーメンは逃げちゃうんだぞ!」

 

見るからにあまりノリ気ではなさそうな晶子の腕をぐいと引っ張ると、龍之介がスキップをしながら屋上の扉を開く。どうやら、龍之介の言葉から推測すると柏谷天馬(男子2番)も教室に居るようだ。 今日はクラス全員で、ラーメンパーティといったところらしい。


校内に吸い込まれるように消えていく二人の背中を見送ってから、ゆっくりと後ろを振り返ると、目が合ったかおるが優しく微笑んだ。
 

 

「行こうか、かおるちゃん。」

 

夕日が、彼女の小さな身体を同じ色に染める。それを素直に眩しいほど綺麗だと思ったのは一生心にしまっておこう。

かおるが小走りで千晴に駆け寄り、隣に並ぶ。その子犬のような仕草を微笑ましく思うと同時に、先ほどのかおるの悲しげな表情が頭を過ぎった。

それを振り払うかのように一歩前へと足を進める。秋を呼ぶ風が頬を掠めて通り過ぎていく。

この時間がずっと続けばいいのにと、そんな、情けないことを考えているのが俺だけじゃないといいと千晴は静かに考えた。

 

 

 

 

季節が巡るように

心が移り行くように

雨が空へと還るように

 

時も戻ればいい。永遠とも思える今という短い時間。

 

俺の命が消えた暁には、色を変え、形を取り戻し、何処かに辿りつくのだろうか。

 

 

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前世があると人は言う。
来世があると人は言う。
生きとし生けるものは輪廻すると人は言う。
 
 
教室の窓からは、心地よい風が吹き込み、グラウンドで活動している生徒たちの活気に満ちた声が遠く聞こえる。
そんな爽やかさとは正反対の表情を、少女は浮かべていた。
 
「こらー、そんなぶーたれた顔してたら戻らなくなるぞー?」
 
「萌の顔はそんなヤワじゃないですぅー」
 
担任の藤丸英一に丸めたプリントでぽんっと頭を叩かれ、成瀬萌(女子3番)は赤みの差した頬を膨らませ、藤丸を見上げた。
栗色のふわふわとした髪、透けるような白い肌、大きい瞳に長い睫毛、見る者の視線を釘付けにする愛らしい唇――自他共に認める古山中学校一の美少女である萌に見上げられた藤丸は、思わず顔を背けた。
 
「藤くーん、もう疲れたぁ! 萌、数学嫌いだもん、見逃して?」
 
「残念無念、可愛い生徒の頼みでも、それはだーめ。 そのプリントが終わるまでは帰れないからな?」
 
「やだやだぁ、飽きちゃったもん」
 
「あのなぁ…萌、お前ね、教師がこう言うのもアレなんだけど、龍に負けたら駄目でしょ」
 
「う……それは……」
 
萌は言葉を詰まらせ、溜息を吐いた。
今朝の数学の抜き打ち小テストで、萌はクラス最低点を取った。
元々数学は大の苦手なのだが、今回は間違えて覚えていた公式を当てはめて全ての問題を解いてしまったので、学力においては不動のクラス最下位である神尾龍之介(男子3番)にも点数が及ばず、放課後補習を受ける羽目になってしまった。
藤丸は本来は数学教師ではないのだが、担任として付き添ってくれているのだ。
 
「…ほら、もう一息、頑張りなって。 頑張る萌のために、ご褒美持ってきてあげるからさ」
 
藤丸は萌の頭を優しく撫でてから、教室から出て行った。
この学校の男性教師は皆萌には甘いのだが、藤丸は誰よりも弱いと思う。
先日も萌の“お願い”で、藤丸は生徒6人にラーメンを奢ることになった。
これも全て恵まれている容姿のおかげだ、と萌は自負している。
これまでもこれからも、この類い稀なる愛らしさを最大限に利用して生きていく――それが、最も楽に楽しく生きられる方法なのだ。
 
しかし、どうやら目の前にある数学のプリントは、萌の容姿をもってしてもどうにもならないようなので、しぶしぶ数字と向き合うことにした。
xとかyとか変に曲がったグラフとか、人生にとって物の役にも立たないと思うのに、どうしてこんなことをしなければならないのか――無意識に眉間に皺が寄る。
…ああいけない、萌の可愛い顔が台無しじゃない。
お気に入りのピンク色のシャーペンの尻で、眉間をぐりぐりと押さえた。
 
 
 
「あれ、成瀬?」
 
 
 
不意に名前を呼ばれ、萌は顔を上げた。
声の主は男の子――萌の表情筋が反射的に働き、輝かんばかりの笑顔を作り上げた。
といっても、学校のアイドル的存在である萌のことを苗字呼び捨てで呼ぶ男子生徒は、他クラスの男子を入れても限られており、笑顔を作り上げなければならないような遠い仲ではないので必要ないのだけれど。
 
萌の想像通り、ドア付近に立っているのは、クラスメイトの柏谷天馬(男子2番)
前髪の左側を青いピンで留めて伸ばした後ろ髪を後ろで束ねるという校則完全無視の髪型だが、顔には十分に幼さが残っており、身の丈に合っていない制服のダボダボ感が更にそれを助長させている――星組のマスコット的存在だ。
 
「天ちゃん、どうしたの? 部活じゃないの?」
 
「男バス今日部活ないし。 忘れ物したから取りに来ただけ」
 
天馬はぶっきらぼうに(それでも可愛く見えてしまうのは何故だろう)言うと、机の横にぶら下げていた弁当箱の入った袋を手に取り、萌の前に立った。
 
「ふーん、補習? ま、龍に負けるとか、ありえないしね」
 
萌は天馬を見上げ(この上目遣いで幾人もの男を虜にしてきた)、ぷうっと頬を膨らませた。
 
「た、たまたまだもん、今回は調子が悪かったんだもん!」
 
「調子とか…あ、そこ、右辺を2倍にしたら左辺も2倍。 調子じゃなくて数学頭が悪いんじゃないの?」
 
天馬は眉間に皺を寄せたまま溜息を洩らし、自分の椅子を引っ張ってきて、萌の前に座った。
萌が目を丸くさせると、天馬は相変わらずのツンとした愛想の悪い表情のまま、ふいっと顔を背けてプリントを指差した。
 
「とっとと終わらせて帰ろうよ、成瀬」
 
天馬は萌に対しては冷たい、と萌は思っている。
実際は、クールな性格こそが大人びていてかっこいいと思っている天馬の、背伸びした対人対応であり、萌に対してだけではないのだが。
しかし、そうした対応に腹が立たないのは、天馬にはこうして忘れ物を取りに来ただけなのに補習に付き合ってくれる人の良さがあるからだろう。
萌は指摘された計算間違いを直しながら、天馬ににっこりと笑みを向けた。
 
「天ちゃん、萌のこと、好きになっちゃ駄目だよ? 萌、天ちゃんをそういう目で見れないもの」
 
「はぁっ!? 何言ってんの、俺、別に成瀬に興味無いし!」
 
「ふふっ、知ってるぅ」
 
萌はくつくつと笑った。
天馬の片思いの相手は、星組女子内で最も大人びている中條晶子(女子2番)であることは、クラスメイトばかりでなく担任の藤丸までが知っている周知の事実だ(知らないのは晶子本人と、そういうことには疎い櫻田かおる(女子1番)くらいなものだろう)。
 
「とっとと告白しちゃえばいいのに…これだからお子様は」
 
「お子様って言うなっ! …やだよ、男の方がチビとかかっこ悪いじゃん」
 
天馬は純な人間だな、と思う。
そんな拘り、萌にしてみれば馬鹿らしいのだけれど、女子にしては長身である晶子よりも身長が高くならない限りは告白しないという天馬の決意は愛おしいとも思う。
 
「やっぱ天ちゃんって可愛いよね、萌嫉妬しちゃう」
 
「可愛いって言うなっ!」
 
でもさぁ、と、萌は頬杖をついた。
 
「正直、時間ないよぉ? 卒業したら、みんな…みんなばらばらになっちゃうんだから」
 
天馬は僅かに目を見開き、視線を下に落とした。
あと半年で、萌たちはこの学び舎を巣立つ。
たった6人しかいないクラスメイトたちの進路はばらばらであり、皆で勉強することも遊ぶこともラーメンを食べに行くことも、そう簡単にはできなくなるだろう。
もう半年しかない、あと半年もある――考え方は人それぞれだが、誰もが心のどこかに引っかけている寂寥感を、萌も天馬も持っていた。
 
「…まあ、萌は天ちゃんと違って奥手じゃないから? 卒業までには、龍之介くんの心を萌のものにしてあげるけどね♪ …てか、晶子ちゃんはその障害なんだから、天ちゃん頑張ってくれなきゃ!」
 
「またわけのわかんないこと…龍と中條はただの幼馴染じゃん」
 
「幼馴染って響きが嫌なのっ!!」
 
「…わけわかんないし」
 
そう、萌は男の子は皆好きなのだが(むしろきっと男の子たちが萌を好きなんだ、と思う)、中でも龍之介のことは特別に思っている。
少し頭が弱いが、容姿は整っていて申し分ないし、運動神経抜群でサッカー部のエースというところもポイントが高く、何よりも明るくて優しい性格がたまらなく萌の好みなのだ。
そんな意中の相手には、女の子の幼馴染がいる――作り物の物語であれば、それは恋愛に発展する可能性が非常に高いので、気に食わない。
元々甘えん坊で我儘な萌と、大人びていてクールな晶子とは折り合いが悪く関係はギスギスしているのだが、晶子が龍之介の傍にいるということが、それに拍車を掛けている。
 
「晶子ちゃんと天ちゃんがくっつけば、萌が龍之介くんとくっついて円満解決! …ってなるんだから――って、あ、もう4時!?」
 
萌はばっと立ち上がり(天馬がぎょっとした表情で萌を見上げた)、慌てて教室に備え付けられているテレビの電源に手を伸ばした。
本来は授業で使用するためのものであり、それ以外の用途で使用してはいけないのだが、そんなことは意に介さず、萌はチャンネルを変えていく。
 
「萌の好きなドラマの再放送が始まるじゃない! えっと…何チャンネルだったかなぁ…」
 
「なーるーせー、お前ね、プリント早く終わらせようよ」
 
「やーだっ! 数学とドラマ、どっちが大事だと思ってんの?」
 
「いや数学やって帰ろ――」
 
テレビから流れてきたとある言葉に、天馬は文句を中断させてテレビ画面に視線を上げ、萌も口を噤んで画面に映る女性アナウンサーを凝視した。
 
『――で行われていた戦闘実験第六十八番プログラムが、先刻終了しました。 優勝者は女子生徒で、現在は病院で治療を受けているとのことです。 今回対象になったクラスは――』
 
戦闘実験第六十八番プログラム――簡単に言えば、対象となった中学3年生のクラスメイトが最後の1人になるまで殺し合うという、政府が主催している実験だ。
大東亜共和国にとっては防衛上必要のあるものらしいが、萌たち中学3年生にとっては、たとえ1年に全国から50クラスしか選ばれないとはいえ、いつも心に引っかかっている恐ろしい死刑宣告のようなものだ。
画面が切り替わり、優勝者という女子生徒が画面に映った。
両脇を兵士に固められた全身を赤黒く染めた少女は、カメラの方をじっと見つめ、口の端を僅かに吊り上げ、笑みを浮かべた。
力無く、しかし修羅の如きそれに、萌の後ろで天馬が呻き声を上げた。
 
「…不気味……萌ならもっと可愛く笑ってみせるのに」
 
「馬鹿、殺し合いした後に、そんなことできるわけないじゃん」
 
溜息混じりの天馬の指摘に対し、萌はくるっと振り返り、にっこりと笑んだ。
背後に映る少女の笑みとは真逆の、天使の如く愛らしい笑みだ。
 
「ううん、萌ならやってみせるよ? どんな時だって、たとえ誰かを殺さなきゃいけなくなったって、そう。 萌は可愛くあり続けるんだから!」
 
爽やかな風が吹き抜ける教室はそれほど暑くはないのだが、萌をじっと見つめている天馬の額には、うっすらと汗が滲んでいた。
 
「成瀬、お前、もしもうちのクラスがプログラムに選ばれたら…どうする?」
 
「…萌? 萌はねぇ――」
 
 
 
「こらー! 勝手にテレビを点けるなー、てかプリント終わったのかー?」

 
 
藤丸の大声に、萌と天馬はばっと教室の入り口に目を向けた。
しかめっ面をした藤丸が、天馬に視線を向け、目を丸くした。
 
「あれ、天馬、今日は部活がないから早く帰るって言ってなかったか?」
 
「え、あ…ああ、うん、そのつもりだったんだけど…」
 
「萌が終わるの待っててくれてるんだよぉ、天ちゃんは」
 
萌はテレビの電源を切り、小走りで自分の席に着いた。
何事もなかったかのように、シャーペンを走らせる。
天馬も一つ大きく息を吐くと、「あ、そこまた違うし」、といつもと変わらないツンとした口調で萌のミスを指摘してきた。
 
「萌頑張れよ、終わったらプリン持ってきたから食べようなー? 2つ持ってきてるから、天馬も食べるか?」
 
「…あ、余ってんなら、食ってやってもいいけど? 別に、甘い物とか、好きなわけじゃないんだけどさ、余ってるなら」
 
「好きじゃないなら藤くんにあげちゃえばー?」
 
「え…いや、腹減ってるから、食べてやるってば」
 
「はいはい、じゃあ萌と天馬にあげるから、萌はさっさと終わらせような?」
 
もう、天馬は訊いてこなかった。
萌も答えない。
 
意味のない質問だ。
どうせ、全国に何万とある中学3年生のクラスの中から、たった6人しか在籍していない小さなクラスなど、プログラムに選ばれるわけがないのだから。
あと半年、普通に生活して、勉強して、遊んで、卒業していくに決まっているのだから。
 
 ◆
 
前世があると人は言う。
来世があると人は言う。
生きとし生けるものは輪廻すると人は言う。
 
いいや、そんなものなど、ありはしない。
恵まれたこの人生は一度きりなのだから、後悔しないように生きていく。
たとえ、何を犠牲にしても。

 

時が止まってしまえばいいと、願わずにはいられない。


 
 
腕にはめたお気に入りの腕時計に目を落とすと、時計の針はすでに20時半を差していた。
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。先程まで友人達と共に居た騒がしさはなく、今はただ二つの静かな足音だけが月明かりに照らされた帰路に響いていた。
神尾龍之介(男子3番)は隣を歩く少女を横目で盗み見、伸びた前髪を日に焼けた右手で掴んだ。彼女の、クールな印象を与える釣り目気味の目元。小さな顔にかかる黒髪。龍之介程ではないが、少しだけ日に焼けた細い指先。彼女を形作るパーツのひとつひとつに目をやっては逸らし、行き場のなくなった手をポケットへと仕舞い込む。---あぁ、俺の意気地なし!
 
幼馴染である彼女---中條晶子(女子2番)と付き合い始めたのは、最近のことではない。生まれたときから当たり前のように隣に居て、ずっと一緒に育ってきた彼女を特別に想うのは龍之介にとってごく自然なことだった。それは晶子にとっても同じだったらしく、初めて龍之介が想いを伝えたとき、晶子は「そう。」と呟いただけで読んでいた本から顔を上げることはなかった。
『あの時は緊張しすぎて死ぬんじゃないかと本気で思っていた。自ら崖に飛び込んでいくような、そんな気分だった。』
後に晶子にそう話すと、晶子はとても驚いた顔をしていた。龍之介の気持ちなど、とっくの昔にお見通しだったらしい。
恥ずかしさと情けなさで俯いた龍之介の姿に彼女はひとしきり笑った後、不意に龍之介の胸に顔を埋め、小さくこう呟いた。
 
『龍之介、大好き』
 
もうあれから大分立つのにも関わらず、今思い出しても顔が熱くなるのが分かった。
火照った顔を冷え性の冷たい手(未だ夏の終わりだというのに、この冷たさは少し異常ではないかと思う)で押さえていると、隣からふふ、と小さな笑い声が聞こえた。
慌てて隣の晶子に目を向けると、晶子が不意を付いたかのように顔を覗き込んできた。切れ長の聡明そうな彼女の瞳に、真っ赤な顔をした自分が映っている。
 
「顔、真っ赤。エロいこと考えてるんだ?」
「ち、ちげーよ!…暑いんだよ。」
 
真っ赤になって否定している自分には、相当説得力がないのだろう。晶子は勝ち誇ったような表情で、龍之介の少し前に足を進めた。
そして振り返り、ラベンダー色の制服から伸びた細い腕を差し出す。
 
「ほら、手繋ぎたいんでしょ?」
 
相変わらず自信満々な上から目線。これが晶子の短所であり、長所でもある…と考えているし、龍之介の好きなところでもある。が、こんな感じで毎回こられても、リードしたいと思っている龍之介にとっては癪に障ると言う訳だ。
晶子め!俺がその手を取ると思ったら大間違いだぞコノヤロー。
と思いながらも、晶子の指先の引力に負けて彼女のそれとは違う、日に焼けた自分の荒れた手を伸ばしてしまった。
 
「やっぱり冷たい。」
「冷え性なんだよ。」
「ふふ、知ってる。」
 
普段、教室では絶対に見せてくれない表情。2人が在籍する三年星組では、頼れるお姉さんといった、いつも冷静で大人っぽいというキャラで通っている晶子だが、龍之介といる時だけはくるくると子供のように表情を変える。
龍之介が彼氏ということ以上に、幼馴染という関係が彼女に安心と信頼を与えているのだ。きっと。
 
そうか、信頼されているのか。
考えると、ふいに心の奥がちくりと痛んだ。晶子のことは大好きだけれども、晶子との関係を誰にも知られたくない。
そんなことを思う自分がとてつもなく醜いと思った。
 
 
 
『俺、好きな子できた。』
 
もう3ヶ月以上も前のことだ。昼休み、いつものようにクラスでたった2人の同性である大塚千晴(男子1番)柏谷天馬(男子2番)と共に購買で買った安いパンをかじっている時のことだった。
普段は3人で部活の話や、最近みんなではまっているミュージシャンの話など、思春期の少年たちが集まっている割に色恋沙汰と無縁な会話ばかりだっただけに、天馬のその言葉はやけにはっきりと龍之介の耳に届いた。
 
「いや、あの、まだ、わかんないんだけど、たぶん。」
 
一瞬の沈黙の後、口を開いたのは他でもない天馬だ。
しどろもどろになりながら、顔を真っ赤にさせて天馬は俯いてしまった。この状況にどういった言葉をかけるのが正解なのだろう?簡単に好きな子誰?なんて聞いていいものなのだろうか?
どうすればいいかわからず、隣の千晴に視線を移すと千晴の細身の肩が小刻みに震えているのが見えた。この状況で、千晴が泣くなんてことはまずありえない。どうやら、天馬の様子に笑いをこらえているようだった。
龍之介の視線に気がついた千晴は、小さくごめんと口を動かすと、天馬にばれないように息を整えていた。
 
「天ちゃんやるじゃん!で、相手は誰?成瀬さんとか?」
 
龍之介がためらった言葉を、千晴は簡単に口にした。千晴が真っ先に候補に挙げたのは、学校一の美少女であり、天馬とも仲が良い成瀬萌(女子3番)の名前だ。
 
「は?ちげーよ。なんで成瀬になるんだよ?」
「あれ?違うの?」
 
違うよ、天馬は少しバツが悪そうにそう答えた。龍之介も千晴と同じく真っ先に浮かんだのが萌の顔だったので、正直天馬の答えには驚いた。それと同時に、嫌な予感が龍之介の頭を過ぎった。
 
「じゃぁ、誰?」
 
明るく、からかうように言ったつもりが、若干声が震えてしまったことに2人は気づいていただろうか。顔を上げた天馬と目が合った。真っ赤な顔の、普段の生意気そうな瞳が純粋な想いに輝いているように龍之介には見えた。
天馬は手に持ったパンを一口かじると、伏し目がちに、伸びた前髪を触りながら彼女の名前を呟いた。それらはすべて、天馬の照れ隠しの仕草だった。
 
「…中條」
「え、マジで!?意外だなぁ。絶対成瀬さんだと思ったんだけど…」
「だから、なんで成瀬なんだよ…」
 
 
千晴の視線から逃れるように、「なぁ」と天馬がこちらを向いたけれど、龍之介はそれに曖昧な笑いで答えるのが精一杯だった。
この時もうすでに龍之介と晶子は恋仲だったのだが、幼馴染から関係が変化したというなんともいえない恥ずかしさから、龍之介はそのことを2人に言えずにいた。
もともと晶子は自分のことを人に話すタイプではない。そのため、2人の関係の変化を知る人は誰もいなかったのだ。
もう少し、恋人という新しい関係に慣れたら、2人には必ず話そうと思っていた。
きっと2人共びっくりするだろう。でも、きっと喜んでくれる…。
そう思っていたのだけれど、まさか、天馬が晶子のことを好きになるなんて、夢にも思っていなかった。
こんなことならば、もっと早く、晶子とのことを打ち明けるべきだった。
どうにもならない後悔が波のように打ち寄せて、龍之介は言葉を失ってしまった。
 
「なぁ、龍。中條ってさ、好きな奴とかいるのかな?龍は幼馴染だろ?聞いたことある?」
 
真っ直ぐな、それでもどこか不安に揺れる天馬の目に、ごくりと唾を飲み込んだ。
俺は臆病者だ。あの時生まれて初めてそう思った。
 
 
晶子の細い手の体温を感じている今でさえ、罪悪感に押しつぶされそうだった。
「応援するよ」などという、心にもない言葉をどうしてあの時天馬に言ってしまったのだろう。今でも分からない。
ただ覚えているのは、天馬のはにかんだ笑顔だけだ。その顔を見て、龍之介が取り返しの付かないことをしたのだと気づいた。
あれから、天馬から晶子の話を聞く度に胸が痛くなる。ずっと小さな棘が心に刺さっているような感覚だった。
この手を離すつもりなんて、毛頭ないくせに。
もしかしたら、晶子とのことを正直に話せば、天馬は応援してくれるではないだろうか?
そんなことを思いながらもずっとこのままの状態でいるのは、単に自分が天馬に嫌われるのが怖いからだ。
 
「ねぇ。」
 
晶子が、繋いだ手を強く握った。
 
「最近、どうしたの?なんか前みたいにベタベタしてこないじゃん。」
 
そう言って、晶子はにやりと笑った。彼女にとっては何気ない龍之介をからかうための一言だっただろうけれど、龍之介はどこか後ろめたい気持ちが増すのを感じずにはいられなかった。
それ以前に、晶子とこうして手を繋いで歩いている今が何か悪いことをしているような気分でならなかった。
手を繋いだり、キスをしたりという欲よりも、晶子と付き合っているということを誰にも知られたくないという思いのほうが強いのだ。
こんなこと、もちろん晶子には話したことはないし、もちろん話すつもりもない。
 
「龍之介?」
 
いつの間に俯いてしまっていたのだろう。晶子が、心配そうに龍之介の顔を覗き込んでいた。晶子の切れ長の瞳が、睫毛に隠れ不安の色に揺れる。
晶子は、本当はすべて分かっているんじゃないだろうか?
彼女の不安を拭い去りたい一心で、龍之介は急いで顔を上げ笑顔を作って見せた。
 
「龍之介が元気じゃないと、調子狂うよ。」
 
晶子の影が近づいて、繋いでいた手が離れたかと思うと、晶子が今度は手のひらを龍之介の日に焼けた頬に添えた。そしてゆっくりとキスを唇に落とす。
何が起こったかわからず呆然と立ち尽くす龍之介を見て、晶子が小さく笑った。
その笑顔はいつもの皮肉めいたものではなく、とても柔らかなものだった。
---あぁ。どうしても、捨てることなんてできない。
思わず目の前の晶子を引き寄せて、抱きしめる。一瞬頭に天馬の顔が浮かんだが、それを振り切るかのように晶子の身体を強く抱きしめた。
このまま、時間が止まってしまえばいい。そうすれば、天馬のいい友人でありながら、こうして晶子を抱きしめていられるのに。
そんな汚いことを考える自分が、嫌いで仕方がない。けれど、それでも。

そう願わずには、いられないのだ。
 
 

卒業まであと半年。
頭ではわかっていても、まだ現実感がない。
みんなで一緒に勉強して遊んで馬鹿なことをして、今日も明日も明後日も過ごす。
何の疑問もなく、そう思っていた。








夏に比べれば少し柔らかくなった朝の日差し、思えば少し前より色褪せた気がする黄緑の葉を付けた木々、爽やかに感じられる風に靡く稲穂と朝早くから収穫の準備を始める農家の人々――毎日見ているとその変化には気付かないのだが、ふと意識すれば季節の変化を感じる通学路。
柏谷天馬(男子2番)は周りの景色を視界に入れながら、舗装が完全ではない道を自転車で走る。
校区の広い古山中学校に通う生徒の中でも、天馬は特に遠いところから通学している。
晴れの日や曇りの日はもちろん、雨でも風でも雪でも、自転車を漕いできた。
この道を走るのもあと半年かと思うと、少し寂しい気持ちになる。

天馬は走りながら、腕時計のデジタル数字に目を遣った。
いつもより早めに出たので、今日は早く学校に着きそうだ。
自転車の前かごに入れた通学鞄は、その形を保てないほどにへしゃげている。
今日は校外学習で、持ち物が少ないのだ。

…なんか、校外学習にテンション上げて早く学校行くみたいじゃん、俺。
うわ、ダッサ。

天馬は自転車を降りた。
ここから歩けば、並の時間に着くだろう。
クラスで1番学校まで距離があるのに1番に着くなんて、恥ずかしくてたまらない。
皆にからかわれるに決まっている。
神尾龍之介(男子3番)あたりが、『天ちゃんってば、そんなに遠足が楽しみだったんだ! かっわいい!』とか言ってくるのが容易に想像できる。

自転車を押しながら、天馬は自分の手に視線を落とした。
入学する前に、親に『男の子は身長が一気に伸びるから大きめの制服を買わなきゃね』と言われてぶかぶかの制服を買ったのに、身長はほんの少ししか伸びなかったため、未だに制服は天馬の小柄な体には合わない大きさで、手が袖でほとんど隠れてしまっている。
周りの男子はすくすくと成長していくのに、取り残されるのがとても悔しかった。
女子にまで『天ちゃんは小さくて可愛いね』と言われる始末だ。
少しでも男らしくなりたいと思って口調を意識してみたり髪型をいじってみたりしているけれど、ようやく160cmに到達したばかりの身長と幼い顔立ちが邪魔をする。
この容姿がコンプレックスで、好きな女の子に好きと言うこともできない。



「天ちゃん、おはよっ」



不意に声を掛けられ、天馬はびくっと体を震わせて振り返った。
手を振りながら小走りで駆けてくるのは、クラスメイトの1人である中條晶子(女子2番)だった。
龍之介の幼馴染で、とても大人びていてクラス一のしっかり者――そして、天馬がいつの間にか芽生えた想いを寄せてきた人だ。

「はよ」

天馬はふいっと顔を背け、短い挨拶をした。
朝から好きな人に会えた気恥ずかしさと、クールな態度が男らしいとする自己分析の結果、このような態度しか取れないのだ。
好きな人を前にはしゃぐなんてかっこ悪い。

「中條が1人って珍しい。
 龍はまさか休み?」

「まさか。
 寝坊よ寝坊、呆れたから先に来たの」

「ふーん」

晶子と龍之介は家が近いこともあり、いつも一緒に登校している。
幼馴染だし、最近は物騒な事件もニュースで多く聞くので不自然なことではないと思う。
龍之介に想いを寄せている成瀬萌(女子3番)にしてみれば、中学生にもなって幼馴染とはいえ男女が一緒に登校するなんて怪しすぎる、ということらしいが、少女漫画の読み過ぎだろう。
2人が恋仲ということは聞いたことがない。
それに、以前天馬が晶子に想いを寄せていることを告げた時に、龍之介は『応援するよ』と言ってくれた。
だから、そんなことはありえないのだ。

天馬は隣を歩く晶子をちらりと見て、溜息を吐いた。
晶子のおだんご頭の分を差し引いても、晶子は天馬よりも背が高い。
仮に恋仲になったとして、並んで歩いた時に男である自分の方が背が低いなんて嫌過ぎる。
だから、天馬は晶子にその想いを告げることができなかった。

自分の身長が晶子よりも高くなったらきっと――そう思い続けてきた。
しかし、こんな風に当たり前のように毎日会うことができるのもあと半年。
中学を卒業したら、バラバラの人生を歩み出す。
そうすれば、晶子にとっての自分とは、ただの“中学時代の同級生”となってしまうのだ。
中学時代の同級生の誼でちょくちょく会うことなんて、きっとできない。
タイムリミットは、確実に近付いている。

「…ちゃん、天ちゃん?」

はっ、と天馬は我に返った。
横を見ると、晶子が心配そうな表情で天馬を見ていた。

「大丈夫?
 なんか、ぼーっとしてない?」

「…別に、考え事してただけだし」

「おやつ持ってきたかなぁ、とか?」

「はぁっ!?
 違うし、俺そんなガキじゃねぇし!」

「ふふっ、冗談よ、ごめんね」

「…別に、怒ってねぇし」

ふいっと天馬は顔を背けた。
ほら。
身長が低いから、子供っぽいから、まだ晶子には異性としては見てもらえていない。
もっと背が高くて男らしければ――例えば龍之介のようだったら、迷うことなく告白できていただろうか。



2人は学校に着いた。
天馬は自転車置き場に行かなくてはならないため、晶子とそこで別れた。

校舎の裏側にある自転車置き場に行き、自転車を止める。
鍵をかけ、鞄を持った。

「あ、天ちゃんおはよ」

声を掛けられ振り返ると、そこには大塚千晴(男子1番)がいた。
隣で自転車を置き、ヘッドホンを外していた。

「おはよ、千晴」

千晴はにぃっと笑みを浮かべ、天馬を肘で小突いた。

「見てたよー、さっき中條さんと一緒に来てたでしょ?
 声掛けるのも野暮かなーって思ってさ、後ろから温かく見守ってたんだ、俺」

天馬はかあっと頬が熱くなるのを感じた。
その様子に、千晴は可笑しそうに笑う。

「わ、笑うなよっ!」

「ははっ、ごめんごめん!
 でもさ、冗談じゃなくさ、お似合いだったと思うけどー?
 告白しちゃえばいいじゃん」

天馬はふいっと顔を背けた。

「やだよ…身長抜くまで言えねぇもん」

「そっかそっか、そうだっけ。
 ま、頑張って半年で身長伸ばしなよ、俺も龍も応援してるからね」

千晴はぱんぱんと天馬の背中を叩いた。
天馬は照れ臭さと嬉しさを隠すように、特に乱れてもいない前髪を何度も指で整えながら、呟いた。

「サンキュ」



「あー!
 ハルちゃん天ちゃん、おはよー!」

マイクロバスの待つ校庭に向かうと、櫻田かおる(女子1番)が小さな体で精一杯大きく手を振っていた。
その手が当たったらしく、隣にいた萌がかおるを叱り、担任の藤丸英一に窘められていた。
寝坊したという龍之介は走って来たらしく、グラウンドにしゃがみ込み肩で息をしながら汗をタオルで拭っていた。
晶子はその様子を呆れた表情で見ていた。

「俺ら最後じゃん、早く行こ、天ちゃん」

千晴に急かされ、天馬は千晴の後を追って駆けた。



古山中学校は全校生徒の数が少ないので、校外学習は全校生徒全員が同じ場所に行くことになっている。
そのため、校庭で全学年の生徒が校長からの諸注意を受けた後、バスに乗り込んだ。
マイクロバスの最後列に腰掛けた龍之介が、隣に停車している少し大型のバスを見遣った。

「今更だけどさぁ、何で俺らだけ違うバスなんだろねー?
 あと7人くらい入れてくれたらいいのに」

助手席に座る藤丸が振り返り笑った。

「向こうのバスの定員より、微妙に生徒数が多いからね。
 いいじゃん、龍が騒ぎまくっても、他のクラスの生徒に迷惑かけないで済むんだから」

「あーっ!!
 藤くん、そういうこと言うー!?」

「ほーら、そうやって騒ぐから」

藤丸と龍之介のやり取りに、天馬も含めてクラスメイト全員が笑い声を上げた。
笑いの収まらない中、バスは出発した。

バスが出発しても相変わらず車内は騒がしかった。
藤丸の言った通り、このクラスだけバスが違っていて良かった。
そうでなければ苦情が出ていただろうと思われるほどだった。
特に、龍之介が早くもお菓子の袋を開けてポップコーンをばら撒いて藤丸に怒られていた時は、腹がよじれるほどに笑った。
校外学習を前にして、体力を使いきるかと思えるほどに楽しかった。

その車内が、徐々に静まり返っていくのも、騒ぎ疲れてたので仕方のないことだと思った。
隣に座っていた千晴がもたれかかってきたのも、かおるが舟を漕いでいたら窓ガラスに頭をぶつけたのに起きなかったのも、萌が折り合いの悪い晶子と寄り添うように眠っていたのも、何一つ不思議に思わなかった。
いや、そのような疑惑を抱けないほどに、天馬も眠気に襲われていたのだ。
目的地に着いたら、また騒げばいい。
そのための英気を養うためにと、天馬は眠気に逆らうことなく目を閉じた。







卒業まであと半年。
頭ではわかっていても、まだ現実感がない。
みんなで一緒に勉強して遊んで馬鹿なことをして、今日も明日も明後日も過ごす。
何の疑問もなく、そう思っていた。

まさか、その生活が今日幕を閉じるだなんて。

 




【残り6人】


夢だって、誰か言って。



目を覚ました。中條晶子(女子2番)は未だに重い瞼を無理やり持ち上げて辺りを見回す。
どうやら、ここは教室のようだった。薄暗く部屋全体の様子はよく見えないが、教室だということは綺麗に並べられた机や、大きな黒板から、教室と呼ばざるをえない空間にいることは確かだった。
でも、わたし達はさっきまでバスに乗っていたのにどうして…?
 
隣を見るといつも通り幼なじみの神尾龍之介(男子3番)が机に突っ伏したまま気持ち良さそうに眠っているのが見え、晶子はふっときつ目の切れ長の瞳を緩めた。
 
「龍」
 
小さく龍之介の名前を呼んだが、反応はない。
ふうと小さくため息をつくと、隣の龍之介ではなく意外なところから声が帰ってきた。
晶子がそちらを振り返ると、成瀬萌(女子3番)が不機嫌だと言わんばかりに眉を顰め(ほんとにこの子は、男の前と女の前では態度がころっと変わるんだから。男の前ではこんな顔、絶対しないくせに。)晶子と目が合うなりゆっくりと気だるげに立ち上がった。
 
「ちょっとー晶子ちゃん、これどうゆうこと?萌達、どうしてこんなとこにいるわけ?」
 
「わたしもわからなくて。とりあえずみんなを起こさない?」
 
「もうー!藤くんのドッキリとかだったら、萌、許さないんだから!」
 
萌の言葉に晶子は龍之介の身体を揺すりながら、担任の藤丸英二のことを思った。
若くてノリが良く、それでいていたずら好きの彼のこと。萌が言うようにこれが私達を驚かすための仕掛けだということも考えられる。でも、藤くんがそれだけのためにクラス全員をこんなところに運んで、薄暗い教室に眠らせて?
 
「あれ…あっこ?」
 
「龍、やっと起きたの?」
 
手を延ばして、龍之介の髪に付いた埃を払う。
ごめんと彼が小さな声で言うと同時に顔を上げ…その形の良い瞳を丸くした。龍之介の視線は、晶子の首に。
そこには、龍之介にもらったネックレスが輝いているはずだ。それなのにみるみる強張っていく龍之介の表情に晶子は不安を覚え、彼の視線の先、自分の首元に手を当てた。そして『それ』に気がついた。
 
「あっこ、首輪…」
 
「なに、これ?」
 
自分の首に巻きつけられた金属の存在を認識した瞬間、上手く息ができない錯覚に陥る。
ネックレスの細いチェーンが、それに当たって軽い音がする。
不意に辺りを見回すと、後ろの席の櫻田かおる(女子1番)が、今にも泣きそうな表情で晶子を見上げていた。
そしてその細い首を見て晶子は愕然とした。やっぱり、間違いない。晶子とかおるだけではない。
龍之介も、萌にも。
その萌に起こされて眉間に皺を寄せている柏谷天馬(男子1番)にも、いまだに眠そうに椅子にもたれかかっている大塚千晴(男子2番)にも。
クラス全員、誰一人例外などなく首輪が光っていたのだ。
 
しん、と教室が静まり返る。
なんなんだ、これは。
晶子は震える手で制服のポケットから携帯電話を取り出し、それを開いてみると時刻は夜の22時を回っていた。
 
「藤くんに、電話してみる?」
 
「だめ、圏外みたい。それにもう10時回ってる。」
 
「えぇ?そんな夜なの?そんなのもうとっくに家に帰ってる時間だし、ほんとにどうなっちゃってるの?」

「かおるちゃんも、何も聞いてないよね?」

「うん…いつもは何かあったら委員長の私に連絡があるんだけど、今回はなにも…。」
 
かおるが申し訳なさそうに瞳を伏せると、萌が苛立ったように眉を寄せた。
そんな萌の様子に、かおるを庇うように口を開いたのは千晴だった。
 
「とりあえず、さ。ずっとこうしてても仕方ないし、人を呼んでこようよ。」
 
まるで慣れ親しんだ教室のような空間は、確かにとても居心地が悪かった。似ているけど、明らかに違う。
窓もなく、殺伐とした部屋は、黒板と机とテレビがあるだけで他には何もない。
千晴の言葉にうなづいて龍之介が立ち上がり、恐る恐るドアに手をかけた。

しかし、ドアが空く気配はない。
 
「龍…?」
 
「開かないんだ、ドアが。」
 
「ちょっとぉ、龍之介くん、冗談やめて?」
 
「成瀬、どいて。」
 
某然と立ち尽くす晶子と萌の間をすり抜けて、天馬が龍之介の横からドアに手を伸ばす。
しかし、2人の力を合わせてもドアには鍵がかかっているのか、龍之介の言うとおりドアが空く気配はなかった。
 
しん、という音が聞こえた気がした。
再び6人の間を沈黙が包む。
どこからかすすり泣くような声が聞こえ晶子が振り返ると、かおるの瞳から恐怖からか涙が零れ落ちるのが見えた。
それを見た天馬が呆れたように、しかしどこか苛立ったように音を立て席に座る。
 
「もう、天ちゃんってばー!短気なんだからぁ。」
 
天馬を茶化すように、萌が声をかけるとうるさいよ、と天馬の声が聞こえた。
萌はくるんとした愛らしい瞳を一段と大きく開くと、肩をすくめて天馬の隣の席についた。
 
「かおるちゃん、大丈夫?」
 
晶子がかおるの顔を覗き込むと、かおるは急いで涙を制服の袖で拭って頷いた。
赤い縁の眼鏡の奥、瞳が真っ赤になっている。もともと慰めるという行為が苦手な晶子は、かおるにかける言葉を頭の中で必死に探していた。


その時だった。
 

ドアの向こうから、コツコツと足音が聞こえ始めた。うな垂れていた龍之介もはっとして顔を上げる。
龍之介が何かを察したのかドアから離れ、晶子の方を見た。
目が合う。こんなに困った龍之介の顔は久しぶりに見る。
最近は男らしくなって、だいぶ頼もしくなったって思ってたのにまだそんな顔してーーー。
 
「誰か、来る。ひとりじゃない…何人か…。」
 
呟くように千晴が言った次の瞬間、音を立ててドアが開いた。
側にいる龍之介を見下ろすように立つ、スーツの男。
ホストみたいな真っ白なスーツに、かっちりとセットされた髪。キリッとした眉の下の、冷たい瞳。
 
「何をしている。席に着け。」
 
氷のような視線に射抜かれて、龍之介が凍りついたように立ち尽くしていた。
千晴も、動けずにただスーツの男を見つめている。
晶子もこの状況を何ひとつ理解することが出来ずに、隣のかおるが自分の袖を引くのに、意識を保っていた。
 
「まぁまぁ、五郎ちゃん、そんな風に言わんといて?始めやし、状況が飲み込めんのとちゃう?」
 
「ヲサムの言う通りだよ!ほれ!ぼうっと突っ立ってないで席に着きな!」
 
「いや、虎崎さん、それ五郎ちゃんと一緒のこと言ってるやん!」
 
 
この空気を理解してか、そうでないのかわからないが、スーツの男の後ろから、チューリップハットに花柄のシャツを纏った若い男(ヘラヘラして、スーツの男とはだいぶ雰囲気が違う)と、ピンク色の派手なジャージを着たおさげ髪の年配の女性が明るいテンションで現れた。
どちらの指示も、結局は席に着けということらしい。
晶子はかおるを席に着くように促すと、龍之介に駆け寄った。
龍之介は未だドアの側から動けずに、スーツの男を睨みつけている。
 
「龍!」
 
彼のシャツを引っ張り、どうにか冷静さを取り戻して欲しいと冷たい手に触れると、龍之介がはっとしたように晶子に目を向けた。
 
「あっこ…」
 
弱々しい声で名前を呼ばれ、それに頷くと龍之介は踵を返し席へと戻って行った。
それを追いかけるように晶子も元いた席に座り、こうして6人全員が普段の教室と同じように並べられた机に着くこととなった。
それを見てスーツの男は満足気に目を細めると、そこが定位置だと言わんばかりに教壇の前で足を止めた。
チューリップハットの男と、ジャージの女も隣に付く。
教室のドアからは他にもゾロゾロと迷彩服を着た軍人らしき人が何人か入って、晶子たちの周りを取り囲んだ。
見間違いでなければ、彼らの手には映画でみるようなライフルが。
 
 
なにこれ。一体、何だっていうの。
 
 
晶子の背中を、冷や汗が流れる。初めて感じる、潰されてしまいそうな重い空気。
 
 
「諸君、おめでとう。」
 
 
スーツの男が口を開いた。
地鳴りのような、低く、それでいて氷のように綺麗な声だった。
晶子は顔を上げる。
 
 
「君たちは、この大東亜共和国の名誉ある第68番プログラムに選ばれた。」

 
逝ってよし!
そう言って、スーツの男が親指以外の4本の指をビシッと前に突き出した。
プログラム…?誰かが呟く。
晶子は某然と、ただその美しい指先を見つめていた。





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