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-六道輪廻-
何度生まれ変わったとしても 君を探し出すと誓う 
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時が止まってしまえばいいと、願わずにはいられない。


 
 
腕にはめたお気に入りの腕時計に目を落とすと、時計の針はすでに20時半を差していた。
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。先程まで友人達と共に居た騒がしさはなく、今はただ二つの静かな足音だけが月明かりに照らされた帰路に響いていた。
神尾龍之介(男子3番)は隣を歩く少女を横目で盗み見、伸びた前髪を日に焼けた右手で掴んだ。彼女の、クールな印象を与える釣り目気味の目元。小さな顔にかかる黒髪。龍之介程ではないが、少しだけ日に焼けた細い指先。彼女を形作るパーツのひとつひとつに目をやっては逸らし、行き場のなくなった手をポケットへと仕舞い込む。---あぁ、俺の意気地なし!
 
幼馴染である彼女---中條晶子(女子2番)と付き合い始めたのは、最近のことではない。生まれたときから当たり前のように隣に居て、ずっと一緒に育ってきた彼女を特別に想うのは龍之介にとってごく自然なことだった。それは晶子にとっても同じだったらしく、初めて龍之介が想いを伝えたとき、晶子は「そう。」と呟いただけで読んでいた本から顔を上げることはなかった。
『あの時は緊張しすぎて死ぬんじゃないかと本気で思っていた。自ら崖に飛び込んでいくような、そんな気分だった。』
後に晶子にそう話すと、晶子はとても驚いた顔をしていた。龍之介の気持ちなど、とっくの昔にお見通しだったらしい。
恥ずかしさと情けなさで俯いた龍之介の姿に彼女はひとしきり笑った後、不意に龍之介の胸に顔を埋め、小さくこう呟いた。
 
『龍之介、大好き』
 
もうあれから大分立つのにも関わらず、今思い出しても顔が熱くなるのが分かった。
火照った顔を冷え性の冷たい手(未だ夏の終わりだというのに、この冷たさは少し異常ではないかと思う)で押さえていると、隣からふふ、と小さな笑い声が聞こえた。
慌てて隣の晶子に目を向けると、晶子が不意を付いたかのように顔を覗き込んできた。切れ長の聡明そうな彼女の瞳に、真っ赤な顔をした自分が映っている。
 
「顔、真っ赤。エロいこと考えてるんだ?」
「ち、ちげーよ!…暑いんだよ。」
 
真っ赤になって否定している自分には、相当説得力がないのだろう。晶子は勝ち誇ったような表情で、龍之介の少し前に足を進めた。
そして振り返り、ラベンダー色の制服から伸びた細い腕を差し出す。
 
「ほら、手繋ぎたいんでしょ?」
 
相変わらず自信満々な上から目線。これが晶子の短所であり、長所でもある…と考えているし、龍之介の好きなところでもある。が、こんな感じで毎回こられても、リードしたいと思っている龍之介にとっては癪に障ると言う訳だ。
晶子め!俺がその手を取ると思ったら大間違いだぞコノヤロー。
と思いながらも、晶子の指先の引力に負けて彼女のそれとは違う、日に焼けた自分の荒れた手を伸ばしてしまった。
 
「やっぱり冷たい。」
「冷え性なんだよ。」
「ふふ、知ってる。」
 
普段、教室では絶対に見せてくれない表情。2人が在籍する三年星組では、頼れるお姉さんといった、いつも冷静で大人っぽいというキャラで通っている晶子だが、龍之介といる時だけはくるくると子供のように表情を変える。
龍之介が彼氏ということ以上に、幼馴染という関係が彼女に安心と信頼を与えているのだ。きっと。
 
そうか、信頼されているのか。
考えると、ふいに心の奥がちくりと痛んだ。晶子のことは大好きだけれども、晶子との関係を誰にも知られたくない。
そんなことを思う自分がとてつもなく醜いと思った。
 
 
 
『俺、好きな子できた。』
 
もう3ヶ月以上も前のことだ。昼休み、いつものようにクラスでたった2人の同性である大塚千晴(男子1番)柏谷天馬(男子2番)と共に購買で買った安いパンをかじっている時のことだった。
普段は3人で部活の話や、最近みんなではまっているミュージシャンの話など、思春期の少年たちが集まっている割に色恋沙汰と無縁な会話ばかりだっただけに、天馬のその言葉はやけにはっきりと龍之介の耳に届いた。
 
「いや、あの、まだ、わかんないんだけど、たぶん。」
 
一瞬の沈黙の後、口を開いたのは他でもない天馬だ。
しどろもどろになりながら、顔を真っ赤にさせて天馬は俯いてしまった。この状況にどういった言葉をかけるのが正解なのだろう?簡単に好きな子誰?なんて聞いていいものなのだろうか?
どうすればいいかわからず、隣の千晴に視線を移すと千晴の細身の肩が小刻みに震えているのが見えた。この状況で、千晴が泣くなんてことはまずありえない。どうやら、天馬の様子に笑いをこらえているようだった。
龍之介の視線に気がついた千晴は、小さくごめんと口を動かすと、天馬にばれないように息を整えていた。
 
「天ちゃんやるじゃん!で、相手は誰?成瀬さんとか?」
 
龍之介がためらった言葉を、千晴は簡単に口にした。千晴が真っ先に候補に挙げたのは、学校一の美少女であり、天馬とも仲が良い成瀬萌(女子3番)の名前だ。
 
「は?ちげーよ。なんで成瀬になるんだよ?」
「あれ?違うの?」
 
違うよ、天馬は少しバツが悪そうにそう答えた。龍之介も千晴と同じく真っ先に浮かんだのが萌の顔だったので、正直天馬の答えには驚いた。それと同時に、嫌な予感が龍之介の頭を過ぎった。
 
「じゃぁ、誰?」
 
明るく、からかうように言ったつもりが、若干声が震えてしまったことに2人は気づいていただろうか。顔を上げた天馬と目が合った。真っ赤な顔の、普段の生意気そうな瞳が純粋な想いに輝いているように龍之介には見えた。
天馬は手に持ったパンを一口かじると、伏し目がちに、伸びた前髪を触りながら彼女の名前を呟いた。それらはすべて、天馬の照れ隠しの仕草だった。
 
「…中條」
「え、マジで!?意外だなぁ。絶対成瀬さんだと思ったんだけど…」
「だから、なんで成瀬なんだよ…」
 
 
千晴の視線から逃れるように、「なぁ」と天馬がこちらを向いたけれど、龍之介はそれに曖昧な笑いで答えるのが精一杯だった。
この時もうすでに龍之介と晶子は恋仲だったのだが、幼馴染から関係が変化したというなんともいえない恥ずかしさから、龍之介はそのことを2人に言えずにいた。
もともと晶子は自分のことを人に話すタイプではない。そのため、2人の関係の変化を知る人は誰もいなかったのだ。
もう少し、恋人という新しい関係に慣れたら、2人には必ず話そうと思っていた。
きっと2人共びっくりするだろう。でも、きっと喜んでくれる…。
そう思っていたのだけれど、まさか、天馬が晶子のことを好きになるなんて、夢にも思っていなかった。
こんなことならば、もっと早く、晶子とのことを打ち明けるべきだった。
どうにもならない後悔が波のように打ち寄せて、龍之介は言葉を失ってしまった。
 
「なぁ、龍。中條ってさ、好きな奴とかいるのかな?龍は幼馴染だろ?聞いたことある?」
 
真っ直ぐな、それでもどこか不安に揺れる天馬の目に、ごくりと唾を飲み込んだ。
俺は臆病者だ。あの時生まれて初めてそう思った。
 
 
晶子の細い手の体温を感じている今でさえ、罪悪感に押しつぶされそうだった。
「応援するよ」などという、心にもない言葉をどうしてあの時天馬に言ってしまったのだろう。今でも分からない。
ただ覚えているのは、天馬のはにかんだ笑顔だけだ。その顔を見て、龍之介が取り返しの付かないことをしたのだと気づいた。
あれから、天馬から晶子の話を聞く度に胸が痛くなる。ずっと小さな棘が心に刺さっているような感覚だった。
この手を離すつもりなんて、毛頭ないくせに。
もしかしたら、晶子とのことを正直に話せば、天馬は応援してくれるではないだろうか?
そんなことを思いながらもずっとこのままの状態でいるのは、単に自分が天馬に嫌われるのが怖いからだ。
 
「ねぇ。」
 
晶子が、繋いだ手を強く握った。
 
「最近、どうしたの?なんか前みたいにベタベタしてこないじゃん。」
 
そう言って、晶子はにやりと笑った。彼女にとっては何気ない龍之介をからかうための一言だっただろうけれど、龍之介はどこか後ろめたい気持ちが増すのを感じずにはいられなかった。
それ以前に、晶子とこうして手を繋いで歩いている今が何か悪いことをしているような気分でならなかった。
手を繋いだり、キスをしたりという欲よりも、晶子と付き合っているということを誰にも知られたくないという思いのほうが強いのだ。
こんなこと、もちろん晶子には話したことはないし、もちろん話すつもりもない。
 
「龍之介?」
 
いつの間に俯いてしまっていたのだろう。晶子が、心配そうに龍之介の顔を覗き込んでいた。晶子の切れ長の瞳が、睫毛に隠れ不安の色に揺れる。
晶子は、本当はすべて分かっているんじゃないだろうか?
彼女の不安を拭い去りたい一心で、龍之介は急いで顔を上げ笑顔を作って見せた。
 
「龍之介が元気じゃないと、調子狂うよ。」
 
晶子の影が近づいて、繋いでいた手が離れたかと思うと、晶子が今度は手のひらを龍之介の日に焼けた頬に添えた。そしてゆっくりとキスを唇に落とす。
何が起こったかわからず呆然と立ち尽くす龍之介を見て、晶子が小さく笑った。
その笑顔はいつもの皮肉めいたものではなく、とても柔らかなものだった。
---あぁ。どうしても、捨てることなんてできない。
思わず目の前の晶子を引き寄せて、抱きしめる。一瞬頭に天馬の顔が浮かんだが、それを振り切るかのように晶子の身体を強く抱きしめた。
このまま、時間が止まってしまえばいい。そうすれば、天馬のいい友人でありながら、こうして晶子を抱きしめていられるのに。
そんな汚いことを考える自分が、嫌いで仕方がない。けれど、それでも。

そう願わずには、いられないのだ。
 
 
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