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-六道輪廻-
何度生まれ変わったとしても 君を探し出すと誓う 
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季節が巡るように

心が移り行くように

雨が空へと還るように

 

俺の命が消えた暁には、色を変え、形を取り戻し、何処かに辿りつくのだろうか。

 

 

「ハルちゃん?」

穏やかな春の鳥の囀りにも似た、優しげなソプラノボイスが耳元で響いた。

その心地よさにゆっくり眠りの世界へと誘われた瞼を持ち上げると、少し前は真っ青だったはずの空がいつの間にか茜色に姿を変え、目の前に広がっている。

 

「部活中、急にいなくなったからどうしたかと思ったら、こんなところでお昼寝?」

 

その茜色に、小さな影が落ちた。艶やかな黒のサイドポニーを揺らし、眼鏡の奥の瞳を緩ませるのはクラスメイトでもあり、美術部の仲間でもある櫻田かおる(女子1番)だ。

部活の途中で抜けて来たのだろうか。かおるは油絵を作成する際に身につけるダークブラウンのエプロンをしたままだった。エプロンは古い絵の具から先ほど付いたであろう真新しい絵の具まで、様々な色で薄汚れている。その中の鮮やかなブルーがやけに目に沁みて、大塚千晴(男子1番)は開いたばかりの瞳を細めた。

 

「かおるちゃん」

 

自分の口から出た声は小さく、今にも消えてしまいそうだと千晴は思った。だがかおるはそんなことなど気にも留めない様子で、未だ寝転んだままの千晴の横にしゃがみ込む。かすかに香る油絵独特の香りが、かおるの甘い香りと混ざって鼻腔を突いた。

ぼんやりと熱を帯びた上半身をやっとのことで起すと、初秋の冷たい風が頬を掠めて通り過ぎていくのを感じる。

やっと同じ高さで目線が合うと、かおるはにっこりと笑い視線を燃えるような空へと滑らせた。確か、今かおるが描いているのは、透き通る程の蒼を使った空のだ。今の空は、彼女が描いている空とはあまりにも違う。それでもかおるはそれを綺麗だと顔を綻ばせる。

 

「ねぇハルちゃん、あの雲、いちごの乗ったショートケーキに似てない?」

 

かおるが喜々として指差したのは、歪な形をした大きな雲だった。丁度三角形のような形をした雲と小さな丸い雲がくっついて、かおるの言うとおりケーキのような形になっている。千晴はふっと笑いを零し、そうだね、と呟いた。そして隣の雲を人差し指で差す。

 

「じゃぁあれはさ、なんに見える?」

「んーと、ソフトクリーム?」

「あたりー。じゃぁ、あれは?」

「えー?うーん。ひつじさん。」

「ブー。龍の家で飼ってるトイプードルの小次郎でしたー。」

「あはは!確かに似てるねぇ。」

 

小次郎、元気かなぁ。そう呟き、声を立てて笑うかおるに目をやると、かおるの頬にあるそばかすが夕日でオレンジ色に染まっているのが見えた。彼女のチャームポイントである(と千晴は思っている)それは、かおるが笑うのと一緒に上下に動くのだ。千晴はかおるも気づいていないであろうその癖がとても好きだった。

寝起きの重い身体を持ち上げ、のろのろと立ち上がる。すると今まで空を見ていたせいか、単に屋上にいるせいか、幾分か空が近くなったような不思議な感覚に陥った。あぁ。立ちくらみ、だ。白くぼやける頭をなんとか平静に戻しながら、自分の運動不足の身体を情けなく思う。

起きた?と無邪気なかおるの声がした。

 

「ハルちゃん、そろそろこんなところで寝たら風邪引いちゃう季節だよ。」

「うーん。わかってはいるんだけど…。俺のベスポジだからね、ここは。」

「ベスポジ?」

「ベストポジション。」

「ふふ、そーなの?確かに気持ちいいもんね。」

 

千晴にとってここ屋上は、狭い学校内でも指折りのお気に入りの場所だ。晴れの日は決まってこの場所へ足を運ぶのが入学当初からの千晴の日課だった。

少し前までは暖かく、絵を描くにも、昼寝をするにも最高に適した環境が整っていたのだが9月の下旬ともなれば夕方には冷たい風が吹く。

もうすぐ、唯一ここから足が遠ざかってしまう季節がやって来る。寒いのはなによりも苦手だ。ぶるっと身震いをしてポケットに手をやると、かおるがねぇ、と小さく首を傾げた。

 

「ハルちゃんは、高校どこ受けるの?」

 

唐突な質問に思わず唾を飲み込んだ。それに気が付いたのか、かおるが不安げに眉を下げる。

 

「どうしたの、急に。」

 

淡々とした調子でそう返すと、かおるは千晴の隣から数歩足を進め、屋上のフェンスに細い指をかけた。フェンスの向こうには、練習を終えた運動部の姿がちらほらと見える。

かおるはそれを見つめ、小さく息を吐いた。彼女の丸い瞳が、ゆっくりと曲線を描く。

 

「もうすぐ、卒業でしょ?なんだかこれまでずっと一緒にいたのに、寂しいなぁって。」

「…もうすぐって、まだ半年もあるよ?かおるちゃん、気が早いよ。」

 

笑い交じり言った言葉に、かおるが振り返った。そして千晴は息を呑んだ。かおるの眼鏡の奥に、光るものが見えた気がしたからだ。

だが次の瞬間にはもう、かおるの顔にはいつも通りの笑顔が浮かんでいた。自分のみた涙は、見間違いだったのだろうか。混乱しているうちに、夕日に当てられたかおるの表情が再び見えなくなり、それと同時にかおるが口をひらく。その声色は、とても穏やかな物だった。

 

「半年しか、だよ。私、あっこちゃんとも萌ちゃんとも志望校違うし…。みんなと離れ離れになっちゃうなってよく考えるんだ。3年間すごく楽しかったから、離れがたくなっちゃってるんだね。」

 

気が付けば、彼女から視線が逸らせなくなっていた。卒業なんてまだまだ先、と笑っていた千晴だが、彼らと離れてしまうことを思うとどこか、ぽっかりと胸に穴が開いたような気分になった。そうか。もう半年後には、自分はここにいないのか。

あの油臭い美術室で無心になって筆をはしらせる事も、友人と教室で騒ぐ事も、窓際の席で陽だまりの中大好きな音楽を聴く事も。

そして、かおるとこうして二人で話したりすることも、もう無くなってしまうのだ。

 

とてつもなく痛む胸をラベンダー色のワイシャツの上から押さえつけ、かおるに背を向けると屋上と校舎を繋ぐドアへと足を進めた。

背中にかおるの視線が突き刺さる。ハルちゃん、とどこか震えるような声が聞こえたがなぜか千晴は振り返ることが出来なかった。

 

「あー!!こんなとこにいた!!」

 

突然、屋上のドアが勢い良く開いたと思うと明るい声がそこから上がった。そこから顔を覗かせたのは、同クラスの神尾龍之介(男子3番)中條晶子(女子2番)だ。

龍之介の明るい茶髪が風に靡き、彼の整った顔を露わになった。千晴とかおるを見つけた途端ぱあっと顔を明るくし、龍之介が二人に駆け寄る。いつも着ているカーディガンを着ておらず、ネクタイを占めていないところを見るとどうやら部活後のようだった。そう思うと、心なしか日に焼けた肌が汗に濡れているような気がする。

 

「二人とも探したよ!美術部の顧問に聞いてもさ、どっか行っちゃったよーとしか教えてくれないし。ほーんと、適当な部活だよなー!」

 

そう言って切れ長の瞳を細めると、龍之介が千晴の暗い茶色の髪をくしゃくしゃとかき混ぜた。それを腕で軽く払いながら、どうしたの?と龍之介に向かい問う。

 

「藤くんが帰りラーメン奢ってくれるって言うから呼びに来たんだよ!萌ちゃんのおねだり攻撃で撃沈!な、あっこ!」

「うん。藤くんってば萌の『おねがぁい』に弱いから。」

 

呆れたように呟く晶子に、隣の龍之介が苦笑を漏らす。二人の言う藤くんとは我が三年星組の担任である藤丸英一先生のことだ。22歳の新任教師で、未だに抜けない学生的なノリが生徒に受けている。その藤丸が学校一の美少女といわれる成瀬萌(女子3番)に掌の上でうまく転がされている姿は簡単に想像できてしまった。

 

「よし!というわけで、藤くんの気が変わらないうちに行こー!お前ら、早く片付けて教室集合な。天ちゃんも待ってるから!

「…そんなに急かさなくても。」

「何言ってんだよあっこ!ラーメンは逃げちゃうんだぞ!」

 

見るからにあまりノリ気ではなさそうな晶子の腕をぐいと引っ張ると、龍之介がスキップをしながら屋上の扉を開く。どうやら、龍之介の言葉から推測すると柏谷天馬(男子2番)も教室に居るようだ。 今日はクラス全員で、ラーメンパーティといったところらしい。


校内に吸い込まれるように消えていく二人の背中を見送ってから、ゆっくりと後ろを振り返ると、目が合ったかおるが優しく微笑んだ。
 

 

「行こうか、かおるちゃん。」

 

夕日が、彼女の小さな身体を同じ色に染める。それを素直に眩しいほど綺麗だと思ったのは一生心にしまっておこう。

かおるが小走りで千晴に駆け寄り、隣に並ぶ。その子犬のような仕草を微笑ましく思うと同時に、先ほどのかおるの悲しげな表情が頭を過ぎった。

それを振り払うかのように一歩前へと足を進める。秋を呼ぶ風が頬を掠めて通り過ぎていく。

この時間がずっと続けばいいのにと、そんな、情けないことを考えているのが俺だけじゃないといいと千晴は静かに考えた。

 

 

 

 

季節が巡るように

心が移り行くように

雨が空へと還るように

 

時も戻ればいい。永遠とも思える今という短い時間。

 

俺の命が消えた暁には、色を変え、形を取り戻し、何処かに辿りつくのだろうか。

 

 

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