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-六道輪廻-
何度生まれ変わったとしても 君を探し出すと誓う 
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卒業まであと半年。
頭ではわかっていても、まだ現実感がない。
みんなで一緒に勉強して遊んで馬鹿なことをして、今日も明日も明後日も過ごす。
何の疑問もなく、そう思っていた。








夏に比べれば少し柔らかくなった朝の日差し、思えば少し前より色褪せた気がする黄緑の葉を付けた木々、爽やかに感じられる風に靡く稲穂と朝早くから収穫の準備を始める農家の人々――毎日見ているとその変化には気付かないのだが、ふと意識すれば季節の変化を感じる通学路。
柏谷天馬(男子2番)は周りの景色を視界に入れながら、舗装が完全ではない道を自転車で走る。
校区の広い古山中学校に通う生徒の中でも、天馬は特に遠いところから通学している。
晴れの日や曇りの日はもちろん、雨でも風でも雪でも、自転車を漕いできた。
この道を走るのもあと半年かと思うと、少し寂しい気持ちになる。

天馬は走りながら、腕時計のデジタル数字に目を遣った。
いつもより早めに出たので、今日は早く学校に着きそうだ。
自転車の前かごに入れた通学鞄は、その形を保てないほどにへしゃげている。
今日は校外学習で、持ち物が少ないのだ。

…なんか、校外学習にテンション上げて早く学校行くみたいじゃん、俺。
うわ、ダッサ。

天馬は自転車を降りた。
ここから歩けば、並の時間に着くだろう。
クラスで1番学校まで距離があるのに1番に着くなんて、恥ずかしくてたまらない。
皆にからかわれるに決まっている。
神尾龍之介(男子3番)あたりが、『天ちゃんってば、そんなに遠足が楽しみだったんだ! かっわいい!』とか言ってくるのが容易に想像できる。

自転車を押しながら、天馬は自分の手に視線を落とした。
入学する前に、親に『男の子は身長が一気に伸びるから大きめの制服を買わなきゃね』と言われてぶかぶかの制服を買ったのに、身長はほんの少ししか伸びなかったため、未だに制服は天馬の小柄な体には合わない大きさで、手が袖でほとんど隠れてしまっている。
周りの男子はすくすくと成長していくのに、取り残されるのがとても悔しかった。
女子にまで『天ちゃんは小さくて可愛いね』と言われる始末だ。
少しでも男らしくなりたいと思って口調を意識してみたり髪型をいじってみたりしているけれど、ようやく160cmに到達したばかりの身長と幼い顔立ちが邪魔をする。
この容姿がコンプレックスで、好きな女の子に好きと言うこともできない。



「天ちゃん、おはよっ」



不意に声を掛けられ、天馬はびくっと体を震わせて振り返った。
手を振りながら小走りで駆けてくるのは、クラスメイトの1人である中條晶子(女子2番)だった。
龍之介の幼馴染で、とても大人びていてクラス一のしっかり者――そして、天馬がいつの間にか芽生えた想いを寄せてきた人だ。

「はよ」

天馬はふいっと顔を背け、短い挨拶をした。
朝から好きな人に会えた気恥ずかしさと、クールな態度が男らしいとする自己分析の結果、このような態度しか取れないのだ。
好きな人を前にはしゃぐなんてかっこ悪い。

「中條が1人って珍しい。
 龍はまさか休み?」

「まさか。
 寝坊よ寝坊、呆れたから先に来たの」

「ふーん」

晶子と龍之介は家が近いこともあり、いつも一緒に登校している。
幼馴染だし、最近は物騒な事件もニュースで多く聞くので不自然なことではないと思う。
龍之介に想いを寄せている成瀬萌(女子3番)にしてみれば、中学生にもなって幼馴染とはいえ男女が一緒に登校するなんて怪しすぎる、ということらしいが、少女漫画の読み過ぎだろう。
2人が恋仲ということは聞いたことがない。
それに、以前天馬が晶子に想いを寄せていることを告げた時に、龍之介は『応援するよ』と言ってくれた。
だから、そんなことはありえないのだ。

天馬は隣を歩く晶子をちらりと見て、溜息を吐いた。
晶子のおだんご頭の分を差し引いても、晶子は天馬よりも背が高い。
仮に恋仲になったとして、並んで歩いた時に男である自分の方が背が低いなんて嫌過ぎる。
だから、天馬は晶子にその想いを告げることができなかった。

自分の身長が晶子よりも高くなったらきっと――そう思い続けてきた。
しかし、こんな風に当たり前のように毎日会うことができるのもあと半年。
中学を卒業したら、バラバラの人生を歩み出す。
そうすれば、晶子にとっての自分とは、ただの“中学時代の同級生”となってしまうのだ。
中学時代の同級生の誼でちょくちょく会うことなんて、きっとできない。
タイムリミットは、確実に近付いている。

「…ちゃん、天ちゃん?」

はっ、と天馬は我に返った。
横を見ると、晶子が心配そうな表情で天馬を見ていた。

「大丈夫?
 なんか、ぼーっとしてない?」

「…別に、考え事してただけだし」

「おやつ持ってきたかなぁ、とか?」

「はぁっ!?
 違うし、俺そんなガキじゃねぇし!」

「ふふっ、冗談よ、ごめんね」

「…別に、怒ってねぇし」

ふいっと天馬は顔を背けた。
ほら。
身長が低いから、子供っぽいから、まだ晶子には異性としては見てもらえていない。
もっと背が高くて男らしければ――例えば龍之介のようだったら、迷うことなく告白できていただろうか。



2人は学校に着いた。
天馬は自転車置き場に行かなくてはならないため、晶子とそこで別れた。

校舎の裏側にある自転車置き場に行き、自転車を止める。
鍵をかけ、鞄を持った。

「あ、天ちゃんおはよ」

声を掛けられ振り返ると、そこには大塚千晴(男子1番)がいた。
隣で自転車を置き、ヘッドホンを外していた。

「おはよ、千晴」

千晴はにぃっと笑みを浮かべ、天馬を肘で小突いた。

「見てたよー、さっき中條さんと一緒に来てたでしょ?
 声掛けるのも野暮かなーって思ってさ、後ろから温かく見守ってたんだ、俺」

天馬はかあっと頬が熱くなるのを感じた。
その様子に、千晴は可笑しそうに笑う。

「わ、笑うなよっ!」

「ははっ、ごめんごめん!
 でもさ、冗談じゃなくさ、お似合いだったと思うけどー?
 告白しちゃえばいいじゃん」

天馬はふいっと顔を背けた。

「やだよ…身長抜くまで言えねぇもん」

「そっかそっか、そうだっけ。
 ま、頑張って半年で身長伸ばしなよ、俺も龍も応援してるからね」

千晴はぱんぱんと天馬の背中を叩いた。
天馬は照れ臭さと嬉しさを隠すように、特に乱れてもいない前髪を何度も指で整えながら、呟いた。

「サンキュ」



「あー!
 ハルちゃん天ちゃん、おはよー!」

マイクロバスの待つ校庭に向かうと、櫻田かおる(女子1番)が小さな体で精一杯大きく手を振っていた。
その手が当たったらしく、隣にいた萌がかおるを叱り、担任の藤丸英一に窘められていた。
寝坊したという龍之介は走って来たらしく、グラウンドにしゃがみ込み肩で息をしながら汗をタオルで拭っていた。
晶子はその様子を呆れた表情で見ていた。

「俺ら最後じゃん、早く行こ、天ちゃん」

千晴に急かされ、天馬は千晴の後を追って駆けた。



古山中学校は全校生徒の数が少ないので、校外学習は全校生徒全員が同じ場所に行くことになっている。
そのため、校庭で全学年の生徒が校長からの諸注意を受けた後、バスに乗り込んだ。
マイクロバスの最後列に腰掛けた龍之介が、隣に停車している少し大型のバスを見遣った。

「今更だけどさぁ、何で俺らだけ違うバスなんだろねー?
 あと7人くらい入れてくれたらいいのに」

助手席に座る藤丸が振り返り笑った。

「向こうのバスの定員より、微妙に生徒数が多いからね。
 いいじゃん、龍が騒ぎまくっても、他のクラスの生徒に迷惑かけないで済むんだから」

「あーっ!!
 藤くん、そういうこと言うー!?」

「ほーら、そうやって騒ぐから」

藤丸と龍之介のやり取りに、天馬も含めてクラスメイト全員が笑い声を上げた。
笑いの収まらない中、バスは出発した。

バスが出発しても相変わらず車内は騒がしかった。
藤丸の言った通り、このクラスだけバスが違っていて良かった。
そうでなければ苦情が出ていただろうと思われるほどだった。
特に、龍之介が早くもお菓子の袋を開けてポップコーンをばら撒いて藤丸に怒られていた時は、腹がよじれるほどに笑った。
校外学習を前にして、体力を使いきるかと思えるほどに楽しかった。

その車内が、徐々に静まり返っていくのも、騒ぎ疲れてたので仕方のないことだと思った。
隣に座っていた千晴がもたれかかってきたのも、かおるが舟を漕いでいたら窓ガラスに頭をぶつけたのに起きなかったのも、萌が折り合いの悪い晶子と寄り添うように眠っていたのも、何一つ不思議に思わなかった。
いや、そのような疑惑を抱けないほどに、天馬も眠気に襲われていたのだ。
目的地に着いたら、また騒げばいい。
そのための英気を養うためにと、天馬は眠気に逆らうことなく目を閉じた。







卒業まであと半年。
頭ではわかっていても、まだ現実感がない。
みんなで一緒に勉強して遊んで馬鹿なことをして、今日も明日も明後日も過ごす。
何の疑問もなく、そう思っていた。

まさか、その生活が今日幕を閉じるだなんて。

 




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