忍者ブログ
-六道輪廻-
何度生まれ変わったとしても 君を探し出すと誓う 
[PR] 
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

あたしたちはみんな仲良し。

プログラムなんて、成り立つはずがない。



「君たちは、この大東亜共和国の名誉ある第68番プログラムに選ばれた。」
低く美しい声で紡がれた信じられない言葉に、櫻田かおる(女子1番)は言葉を失った。
かおるだけではなく、全員が信じられないといった様子で、教壇に立つ紳士風の男を見上げていた。

第68番プログラム――大東亜共和国に住む中学3年生で、この言葉を知らない人などいない。
全国の中学校から任意に選出した3年生の学級内で、生徒同士を戦わせ、生き残った一人のみが、家に帰ることができる、わが大東亜共和国専守防衛陸軍が防衛上の必要から行っている戦闘シミュレーション――小学4年生の社会の教科書にも出てくるし、ローカルニュースで年に一度くらいは目にするものだ。
傷だらけ血塗れの少年少女が両脇を軍人らしき人たちに抱えられながらカメラの方をじっと見つめ、なぜか総じて笑みを浮かべる――ニュースで流れるホラー映画顔負けの不気味な映像は、かおるの脳裏にもしっかりと焼きつき、忘れようと思っても忘れられない。

「い…いやぁ……冗談っしょ?うちみたいなさ、6人しかいないちっちゃいクラスでそんなの…なぁ?」

神尾龍之介(男子3番)が引き攣った声を上げ、クラスメイトたちを見回した。「誰か、冗談だって言ってくれ」、龍之介の目が訴えてきたけれど、かおるは視線をそらし、俯くことしかできなかった。

「ごめんなあ、神尾ーこれ、冗談ちゃうねん。でもこんな空気の中頑張って発言した神尾の勇気に免じて一コケシやろ!」

チューリップハットに花柄のシャツを着た若い男はヘラッと笑い、龍之介の机の上にコケシを置いた。
龍之介はコケシを凝視し、視線をチューリップハット男の顔へと上げ――笑顔を向けられて慌てて視線を逸らしていた。
龍之介の背中越しに見えるコケシの顔が不気味に見えて、かおるはぶるっと体を震わせた。

「話を戻そう。君たちは第68番プログラムに選ばれた。つまり、これから、君たちには殺し合いをしてもらう」

”殺し合い”――その言葉が、ずしんとかおるに圧し掛かる。

そんな、たった6人の仲良し同士なのに…そうだよ、できるわけないよ。
みんな、いい子だもん、そんな酷いこと、できるわけない…よね?

かおるは隣に座っている大塚千晴(男子1番)へと目を遣った。
椅子に深く腰掛け、じっと前に座る龍之介の広い背中を見つめていた千晴だったが、かおるの視線に気づいたのかかおるの方へ首を傾け、ふっと笑みを浮かべた。
大丈夫だよ、かおるちゃん。そう言ってくれているみたいで、少しだけ、心が落ち着いた気がした。

「プログラムの間、私たちが君たちの担当となる。私は、担任の、榊原五郎(さかきばら・ごろう)だ。隣の2人は、私の補佐を行っていただく先生方で、右側が虎崎れんげ(とらさき・れんげ)先生、左側が渡部ヲサム(わたなべ・をさむ)先生だ」

榊原と名乗るスーツ姿の男は、まるで指揮者がタクトを振るような優雅な動きで黒板に名前を書いた。
ピンクジャージの気が強そうな中年女性は虎崎、チューリップハット男が渡部だそうだ。

「ちょっと待ってください」

かおるの前の席に座る中條晶子(女子2番)が声を上げた。
かおるは、ぴっちりと綺麗に結い上げられた晶子のお団子頭に視線を向けた。

「私たちの担任は、藤くん…藤丸先生です。藤丸先生は、私たちがプログラムに参加することを認めるはずがありません」

凛とした声、はっきりとした口調。いつもと変わらない、委員長であるかおるよりもずっとしっかりとした口調で、晶子が述べた。

そう、かおるたちの担任は藤丸英一先生。22歳の新任の先生で、クラスのみんなから「藤くん」と慕われ、藤丸も全員のことをファーストネームで呼ぶ。休み時間に一緒に遊ぶこともあれば、放課後に勉強に付き合ってくれることもあり、生徒たちにラーメンを奢ってくれることもある、先生と言うよりもお兄さんのような存在。
そんな藤丸が、かおるたちのプログラム参加を認めるはずがない。

「中條、次からは質問の際は挙手をするように。
確かに藤丸先生は君たちがプログラムに参加することを反対しておられた。そのため、少々手荒な手段を取らせてもらった」

榊原は渡部に視線を投げ、ぴしっと親指以外の指を前方に突き出した。渡部は頷いて一度廊下に出ると、ずるずると何かを引きずりながら戻ってきた。

「いやあああああッ!!!藤くん、藤くんッ!!!」

かおるの後ろ、成瀬萌(女子3番)が金切り声を上げた。
元々色白だが、むしろ顔面蒼白となった萌がふらりと椅子から崩れ落ちたが、隣の席の柏谷天馬(男子2番)が咄嗟に両手を伸ばして受け止めたので、床に体を打ち付けることはなかった。
萌の華奢な身体を抱き止めた天馬の表情は引きつっていた。そして、それは、天馬だけではなく全員だったのだが。
それもそのはず、渡部が引きずり椅子に座らせたのは、かおるたちの担任の藤丸だった。
ただし、その姿は、見慣れたものではなかった。青いTシャツは所々黒く変色し、Tシャツから生えた筋肉質な腕にはいくつもの痣ができ、やや幼いけれども整ったパーツが並べられた顔は見る影もない程に腫れ上がり、外はねのクセがある赤みのある茶髪はぼさぼさになっていた。小さく肩を上下させているので息はあるようだが、意識があるのかどうかはわからない。

「藤くんッ!!!」

机を倒して駆け寄ろうとした龍之介だったが、虎崎の蹴りを鳩尾に食らって吹っ飛び、千晴の机へ突っ込んだ。

「勝手に席を立つんじゃないよ!!今度やったら、こんなモンじゃ済まないからね!!」

龍之介のもとに駆け寄ろうと腰を上げていた晶子が、虎崎の怒声に身を硬直させた。
かおるは身が竦んで動くことすらできず、ただ苦しそうに咳込む龍之介と、「大丈夫か」と声を掛けて背中を摩る千晴を見ていることしかできなかった。

「静粛に。それでは、藤丸先生もいらしたところで、プログラムのルールについて説明を始める。皆の命に関わることなので、注意して聞くように。神尾、柏谷、成瀬、席に着け」

千晴の机に体を預けて咳込んでいた龍之介が、ふらふらと立ち上がり、自分で倒した机を元に戻して着席した。痛みと恐怖と怒りが綯い交ぜになったような、普段の明るく元気な姿からは想像できないような表情を浮かべていた。
天馬は萌を座らせた後無言で席に戻ったが、その体はずっと震えていた。

龍之介と天馬と萌が席に着く様を確認すると、榊原は黒板の脇に丸めて立て掛けられていた模造紙を開き、黒板に磁石で貼り付けた。縦横4マスずつに区切られた地図のようだった。榊原は咳払いを一つし、話し始めた。

「ルールについては皆知っていると思うが、最後の1人になるまで殺し合いをしてもらう。基本的にここでは何をしてもらっても構わないし、誰かと手を組むことも、裏切ることも、また単独行動をするのも自由だ。
黒板に注目してほしい。これは、皆が戦う会場、青春海立運動公園(せいしゅんうみだちうんどうこうえん)の地図だ。端には柵を作ってあるので、この地図に書かれていない場所へは行くことができないので注意するように。ちなみに、今皆がいるのは、B-3エリアにある公園の管理事務所だ」

rokudoumap.gif







青春海立運動公園――かおるは、何度か訪れたことがあった。春は桜、秋は紅葉が美しいことで有名な場所であり、家族と来たこともあれば、美術部仲間の千晴とスケッチに来たこともあった。そんな場所で、プログラムを行うだなんて。

「プログラム中、誰かが死亡する毎にこちらから放送を行う。その時に、禁止エリアというものを発表する。禁止エリアとは、立ち入りを禁止するエリアのことだ。
それに関係するのが皆に装着してもらっている首輪だが、これは皆の居場所や生死をモニターするものである。禁止エリアに立ち入った場合、こちらから首輪に電波を送る。電波を受信した首輪は、1分間警告音を発した後爆発するので、禁止エリアには立ち入らないように。また、警告音が鳴った場合には、1分以内に禁止エリア外に出るように。
それと、無理に引っ張っても爆発するからあまり触らないように、櫻田」

首元に手をやっていたかおるは、榊原から名指しで注意されて慌てて手を膝の上に戻した。それにしても、首輪が爆発だなんて、おかしいにも程がある。今、かおるたちは、首に爆弾を着けて座っているということになるのだから。

「それから、出発の際には、こちらから荷物を渡す。水や食料、会場の地図と磁石、懐中電灯と時計、それから武器を入れてある。これはランダムで渡すので、武器を選ぶことはできない」

渡部が再び廊下に出、今度は6つのデイパックを両腕に提げて戻って来た。相当の重さがあるのだろう、それらを床に置いた時にはその振動が足元に伝わってきた。

「説明は以上だ、質問はあるか」

かおるは俯いた。質問なんて、「どうして自分たちがプログラムに参加しなければならないのか」くらいしか思い浮かばないが、そんなことを言えば藤丸や龍之介のように理不尽な暴力を振るわれるに決まっている。
ちらっと隣を盗み見ると、千晴も同じように俯いていた。クラス1騒がしい龍之介も、しっかり者の晶子も、何も言わなかった。

「っく…ひっく……いや…怖いよぅ…」

かおるの後ろで、萌が消え入りそうな声で嗚咽交じりに呟いた。その悲痛な声に、かおるの双眸からもぼろぼろと涙が零れ落ちた。怖い、怖い、怖くてたまらない。

「泣き事言ってんじゃないよ!!世の中、嫌なことを避けて進めるようにはできてないんだよッ!!」

虎崎の怒号が飛び、かおるはびくっと体を震わせた。萌の嗚咽が一瞬止まったが、先程よりもより大きな声で泣きじゃくり始めた。
そのことに苛立ったらしい虎崎が、大きな足音を立てて萌の横に立ち、萌のふんわりとした栗色の髪を鷲掴んだ。萌が「いやぁッ!!」と甲高い悲鳴を上げた。

「や、やめろよ、成瀬を離せッ!!
泣いたって、怖がったって…そんなの当たり前だ!!今から殺し合えとか言われて平気なヤツ、いるわけないだろ!!成瀬の反応ってすっげー普通じゃん、声にしてなくたって、俺ら全員絶対同じこと思ってるし!!!」

天馬が叫んだ(恐怖からか、声は引き攣り時に裏返っていたけれど)。
虎崎は萌から手を離し、今度は天馬の隣へと移動し、拳を振り上げた。「天ちゃん!!」とあちこちから声が上がり、天馬は目をぎゅっと瞑った――が、天馬が先の龍之介のように吹っ飛ぶことはなかった。拳が当たる寸前で、榊原から制止の声が掛かったのだ。

「まあまあ虎崎先生、落ち着いてください。柏谷の言う通りですよ」

「…まあ、そうだねぇ」

虎崎は納得したように何度か頷くと、教室の前方へと戻って行った。
萌が席を立って天馬に泣きついた時には立ち止まって振り返りその様子を睨んでいたが、「ほれ、さっさと席に戻りな」というお咎めの言葉以外は何もなく、皆がほっと溜息を吐いた。

「それでは、これから1人ずつ順番に出発してもらう。なお、足元に置いてある各自の私物は持って行っても構わない。
出発した者が本部のあるB-3エリアを出た時点で次の者が出発し、最後の者が出発してから20分後にこのエリアは禁止エリアに指定されるので、早くここから立ち去るように。あまりに長いこと居座っていると後が閊えてしまうから、その場合には制裁を行うこともありうるので気を付けること」

榊原はスーツの内ポケットから封筒を取り出すと、鋏で封を切った。中から1枚の紙を出した。

「それでは、最初の出発者を発表する。

男子1番・大塚千晴、逝ってよし!」

全員の視線が、千晴に集まった。千晴はぽかんとしていたが、虎崎の「ほれほれ!!」と急かす怒号に押されるように立ち上がった。足元の鞄を肩に掛け、ゆっくりと教卓の前に立った。

「みんなのご家族にはちゃんと報告してあるから、存分に戦ってな!ほんなら大塚、先生の言う言葉を繰り返してなー!
私たちは殺し合いをする、はい!」

渡部の口から飛び出したとんでもない言葉に、千晴は「…え?」と茫然とした声を漏らした。

「ほらほら、ちゃんと言わなコケシで殴るで?私たちは殺し合いをする、はい!」

「わ…たしたち、は、殺し合いを、する…」

「よっしゃよくできました、ほんなら次、殺らなきゃ殺られる、はい!」

「やらなきゃ…やられる…」

まるで洗脳しているみたいだ、かおるは思った。

「…千晴……ごめんな……」

不意に、小さな声が聞こえた。掠れて虚ろだけれど、藤丸の声だった。
千晴が藤丸の方に顔を向けた。

「藤くんのせいじゃないよ……藤くんは、何も悪くない…でしょ?」

千晴の静かで優しい声。相手を思いやり労わる、聞き慣れた声。
千晴はあんな上辺だけの言葉で洗脳なんかされやしない、いつもの穏やかで優しい千晴のままだ。

千晴は渡部からデイパックを受け取ると、クラスメイトたちの方へ向き直った。一人ひとりの顔を順番に見遣り、小さく笑んだ。

「俺は、みんなを信じてる…だから、みんなも俺を信じて」

千晴はそう言うと、まるで毎日の下校時のような足取りで教室を出て行った。

千晴の残した言葉は、ほんの僅かだけれど教室内に満ちた重苦しい空気を晴らした――少なくともかおるはそう感じた。

そう、きっと大丈夫。誰も、実際に殺し合いなんてするわけがないんだ。

【残り6人】
PR


気づかなかった。

こんなにすぐ近くに、亀裂があったなんて
 


 
大塚千晴(男子1番)は出発してから、とにかく自分のいる公園管理事務所エリアB-3を出る事だけを考えた。
自らを新しい担任だと名乗った榊原五郎の話では、出発した生徒がこのエリアを出るまで次の人が出発できないということだった。
最初に出発した自分がもたついていたら、何時までたっても次が出発できないということだ。
ずっと自分がここで留まっていれば、みんなが出発できなくて、ずっと殺し合いなんてしなくてもいいのでは…なんていう甘い考えも頭を過ぎったが、千晴はそれを振り払って進み続けた。

エリアを出る際に、千晴はどこに進むべきか悩んだがC-4の売店を目指すことにした。他のクラスメイトを待つという考えももちろんあったけれど、それを止めたのは管理事務所エリアが意外と広く、どこで待っていればいいか考えても分からなかったからだ。
とりあえず食料を確保するためには、地図を見る中では売店が一番都合が良い。
この青春海立運動公園には何度か千晴も足を運んだことがあったけれど、ここの売店は商品が充実しており、食料品や飲料水以外にもキャンプのグッズや、怪我に備えての治療用薬品等もあった記憶がある。
殺し合いなんてするつもりはないけれど、“もしも”のための準備をしておくに越したことはない。そ
う考え、千晴は足を進めながら自分の考えを鼻で笑った。
 

もしも、か。

 
『私たちは、殺し合いをする』

『やらなきゃ、やられる』

本部を出発する時、渡辺ヲサム(担当教官補佐)に言わされた言葉が突き刺さる。
言わされたとはいえ、もう二度と口にしたくない言葉だ。
あの言葉を口にした後の、藤丸栄一(3年星組担任)の泣きそうな声を思い出すと今にも胸が張り裂けそうだった。藤くんは、きっと最後まで俺たちのプログラムに反対して、あんなに傷だらけになるまで殴られて。それでも、責任を感じている。
藤くんのためにも、絶対殺し合いなんてしたくない。

---出来るはずがない。

 
自分を含めて、たった6人しか居ない星組のクラスメイト。一年次からの持ち上がりで、あまり人付き合いが上手くない自分も心を開くことができた、大切な友人達だ。
ずっと、それなりに楽しくやってきたし、彼らを信頼している。3年間机を並べて、楽しいことも、辛いことも共有してきた。
どうやったって、このクラスで殺し合いなんて、できるはずがないのだ。
 
売店に到着し、千晴は自動ドアの前に立った。
電気は通っていないようだが鍵は掛かっておらず、自動でドアは開かなかったものの、簡単に手で開けることが出来た。
中は千晴が以前来た時となんら変わっておらず、想像通り所狭しと物が並んでいる。
千晴は店をぐるっと一周した後、デイバックの中身を確認すべく腰を下ろした。
武器を確認したり、もしものことを考えたり、自分の行動は矛盾しているとは思いながらも、千晴は慎重にバックの中に手を入れた。なにか長い、見慣れぬものが目に入ったからだ。

 
「刀…か?」

 
ゆっくりと取り出したそれは、海軍刀だった。鞘に収まってはいるものの、独特の曲線を描いたそれは、普段決して手に取ることのない明らかなる武器だった。
千晴はなんだか怖くなって、すぐにそれをバックに仕舞い込んだ。急に殺し合いの現実を目の当たりにしたようで、刀を取った手がガタガタと震えている。冷や汗が背中を流れていくのが分かった。
 

「ハル?」
 

突然、背後から声をかけられ千晴の心臓が跳ね上がった。
声がした入り口に目を向けると、きゅっと結い上げられたお団子頭が目に入った。
 

「中條さん!」
 

千晴が振り返って名前を呼ぶと、中條晶子(女子2番)は切れ長の瞳を緩ませて、ほっと息を吐いた。
この状況にも取り乱した様子はなく、いつもと同じ凛とした空気を纏っている。クラスで一番大人びていて、普段から頼れるお姉さんといったポジションの女の子だ。
こう言っては可哀想だが、クラス委員勤めている櫻田かおる(女子1番)よりも、よほどしっかりしていると思う。(これを言うと、かおるちゃんは拗ねるんだよな。まぁ、それが面白いんだけど)
晶子がここに来たのは、おそらく自分と同じ目的のはずだ。千晴が立ち上がり晶子の傍に足を運ぶと、晶子はにっこりと微笑んだ。
 
「やっぱり、ここに来たんだ。」


「うん。とりあえず、サバイバルには食料かなって…。俺の次に出発したの、中條さん?」


「ううん。結局最初のハルだけくじ引きで、その後は名簿順だったの。
だから、わたしの前にかおるちゃんと、天ちゃんが出発してるんだけど…ここには来なかったみたいね。」

 
晶子の言葉にふと腕時計に目を落とすと、何時の間にか千晴が出発してから1時間以上の時間が経過していることに気がついた。

晶子の言うとおり、かおると柏谷天馬(男子2番)はここには来ていない。
そのことに千晴は少し焦りを感じていた。
千晴の考えではここで食料などをある程度調達した後、かおるを迎えに行く予定だった。
もちろん、かおるに会える確証などなかったし、他のクラスメイトとも合流できるのならばそれに越したことはないのだけれど、教室でのかおるの様子を見る限り、とにかく彼女が心配で仕方なかった。
小刻みに震えて、涙を流していたかおる。きっと、怖くて、心細くて、今も泣いている。
急に焦燥感に駆られる感覚に、千晴は背中を押されるように棚にあった菓子パンやスナック菓子、ミネラルウォーター、絆創膏と包帯をバックに詰め込んだ。本当はもっと使えるものを吟味したかったのだけれども、そんな時間はない。
こうしている間にも、かおるがどこかで泣いていると思うと、居てもたってもいられなかった。
 

「ハル?」
 

「ごめん、中條さん。俺、かおるちゃんを探しに行かないと。」
 

突然焦り始めた千晴を不思議に思ったのか声をかけてきた晶子に、千晴は真剣な瞳でそう返した。
晶子ははっとしたように目を見開いた後、力強く頷いてくれた。しかし、少し考えると、もう今にも入り口から飛び出して行ってしまいそうな千晴の右手首を、引き止めるように掴んだ。
 

「でも、当てはあるの?」

 
「ない…。でも今ならそう遠くには行っていないと思うんだ。かおるちゃん、かなり怯えてみたいだったし…。」
 

「そう、よね。でも、せっかく会えたのにここで別れるのはあまり良い案だとは思わないな。
ハルだって、このクラスで殺し合いだなんて、馬鹿げてるって思うでしょ?」

 
千晴は晶子の冷静な声に、走り出そうと準備していた体をゆっくりと晶子の方へ向けた。
彼女の言っていることは尤もだ。どうやったって、このクラスで殺し合いなんて出来るはずがないし、自分も、きっと目の前の晶子もお互いを殺す気なんてさらさらない。
必死になってかおるを探すのは、誰かから守るためではなくて、ただ、かおるをひとりにしたくないからだ。それだったら、晶子とこのまま合流して、一緒にかおるを探してもらうのもいいかもしれない。
その方が、後々全員で集まることの出来る可能性が高くなるのでは?
 

「わたしと萌だって、普段は全然仲良くなんてなかったし、今だって好きかって言われたら微妙だけど、
だったら殺せるかって言われたらそんなこと出来ない。きっと萌も同じだと、思う…。」
 

少しバツが悪そうに話す晶子に、千晴は少しだけ笑った。
確かに成瀬萌(女子3番)と晶子は折り合いが悪く、今も冷静で感情に流されない晶子と、わがままで天真爛漫な萌とではタイプがまったく違うけれど、晶子の言うとおり2人が殺し合いをすることなど想像できなかった。
晶子の幼馴染である神尾龍之介(男子3番)が出発し、萌も、もうそろそろ出発する頃だ。今本部の方に戻れば、先に2人と合流できるかもしれない。

 
「中條さんがここ、本部エリアの外にいるってことは、もう龍は出発したってことだよね。
このまま合流するなら、かおるちゃんを探す前に龍を迎えに行く?」
 

「あ、それは大丈夫。龍とは、待ち合わせしてるの。ここの隣の、体育館で。そもそもここに寄ったのは、龍と会う前に食べる物とかを確保したかったのと、ここなら、誰かいるんじゃないかっと思ったから…。」
 

「待ち合わせ?どうやって?」

 
「紙の切れ端にエリアと体育館って文字を書いて、出発の時に龍の机に置いてきた。
もしかしたらあの人達は気づいてたかもしれないけど、きっとそれくらいは見逃してくれるのね。何回も何回もプログラムを見てきた人達からすれば、きっと、よくある事なのよ。」
 

あとは龍が地図を間違えないことを願うわ。晶
子はそう言って少し困ったように眉を下げて笑った。彼女のその笑顔を見て、少し胸が痛んだ。
晶子も大人びているとはいえ、かおるや萌と同じ中学3年生の女の子だ。やっぱりこんな状況は怖くて、誰かに頼りたいのは同じはず。それなのに、自分は晶子をおいて、かおるを探しに行こうとしてしまった。
晶子に対し少しの罪悪感を覚えながらも、それと同時に晶子の中の、龍之介の存在の大きさが分かったように思えた。やっぱり、こんな時に晶子が頼るのは、彼女に想いを寄せる天馬ではなく、幼馴染の龍之介なのだ。そう思うと、天馬が少し不憫にも感じたが(ごめん、天ちゃん)、これまでずっと、幼馴染として隣に居たのは龍之介だ。天馬の想いを知らない晶子にとっては、当然のことなのかもしれない。

 
「ねぇ、でもやっぱりそうだったのね。」

 
「そう、って、なにが?」
 

「ハルって、かおるちゃんのこと、好きだったんだなぁって。さっき本当に必死で、びっくりしちゃった。普段からすごく、いい感じだったものね。ほのぼのカップルって感じで。」

 
「え、や、違うよ!かおるちゃんは、妹みたいな…とにかく可愛くて…。好きとか、そんなんじゃ…」

 
しどろもどろになって弁解する千晴に、晶子はまた小さく笑った。顔が熱い。今、自分の顔は真っ赤に違いない。
かおるのことは、本当に大切で可愛くて仕方がないけれど、それが恋愛としての“好き”なのかと言われたら本当に分からない。
だからと言ってかおるに他に好きな人が居たら…なんて思うと気分は良くない。でもそれは妹のように思っているからなのかもしれないし…。そもそも、今まで女の子を好きになったことがない千晴は、恋愛感情というものが良く分からなかった。
ひとつだけ分かるのは、いつか自分が好きな人が出来るとしたら、きっとかおるのような子なのだろうということだ。
でも、今はまだそれを考えることをしたくない。答えを出したくない。
自分の考えを出来るだけ晶子に悟られないように、千晴は決して得意ではないけれど笑顔を作った。
 

「とにかく、かおるちゃんは、妹みたいな感じだよ。龍と中條さんだって、同じような感じでしょ?」
 

誤魔化すつもりで早口で言った言葉に、晶子が少し驚いて目を見開いた。ずっと握られたまま忘れていた右手首が、やっと開放され千晴は小さく息を吐いた。
 

「そうね。それもあるけど、龍は彼氏だから、やっぱりこういう時は頼りたいって思うのよね。あんな奴でも。」
 

「え?」

 
「やっぱり、ハルにも言ってないんだ。実はね、わたしと龍、付き合ってるの。」

 
はにかんで微笑む晶子は、これまで見た中で一番女の子らしくいつもの大人びた彼女とは少し違う印象を受けた。

---しかしそんなことよりも、千晴はたった今晶子が言った言葉をすぐに理解出来ずに居た。

龍之介と晶子が、付き合っている?幼馴染じゃなくて?彼氏彼女?

え、ちょっと待って。そんなはずないだろう?だって、天馬はずっと晶子のことを好きだった。これは龍之介も知っていたはずだ。それなのにどうして…。
 


「中條さん、それっていつから…?」

 
「中学2年の秋くらい…かな。龍にはずっと恥ずかしいから言うなって口止めされてたし、わたしも別にわざわざ言うことじゃないって思ってたから。でもこんな状況だし、もう隠す必要もないでしょう?」

 
それはそうだけど!と大声で叫びたかった。
中学2年の秋、というと天馬が晶子を好きだと千晴達に打ち明けた時よりもずっと前だ。
きっと龍之介は、頬を赤くして、照れるのを必死に隠して、プライドの高い天馬が自分達に明かしてくれた想いの前に、本当のことを言えなくなってしまったのだ。
それでも、あの時龍之介は間違いなく「応援するよ」と天馬に言った。天馬に、後戻り出来ない嘘を吐いた。
龍之介は、ずっと辛かったに違いない。天馬のする晶子の話を、龍之介はずっと笑って聞いていた。龍
之介は報われない天馬の恋を笑っていた訳ではないだろう。自分の嘘にずっと胸を痛めていたと思う。
自分は、龍之介の思いに気がつくことが出来なかった。
 

知らなかった。こんなに近くに、亀裂があったなんて。
 

とにかく、今はかおると、そして天馬を探さなければ。
天馬がこの事実を変な風に知る前に探し出して、上手く伝えなければ。
これ以上、亀裂が大きくなる前に、2人の間に居ながらなにも気づくことが出来なかった自分がなんとかしなければ。
 

「ごめん、中條さん。やっぱり俺、かおるちゃんと天ちゃんを探しに行くよ。龍と先に合流して?」
 

「どうしたの、急に…」
 

「いや、やっぱりさ、バラバラにみんなを探して、後で落ち合った方が良いと思うんだ。だから、半日後に体育館で集まろう。」
 

「うん…。ハルがその方が良いって言うなら。」
 

「ありがとう。あと、さ。さっきの話だけど、もしかおるちゃんとか、成瀬さんとか…天ちゃんに会ったら、まだ内緒にしておいて欲しいんだ。」
 

「それって、わたしと龍が付き合ってるってこと?どうして?」
 

「理由は、今は言えない。どうしても知りたいなら、龍に聞いてみて。」
 

晶子は腑に落ちない表情だったけれど、千晴の先ほどとは違う様子に渋々といった形で頷いた。
荷物をまとめ、前よりも重い足取りでドアをくぐろうとした所振り返ると、晶子と目が合った。
切れ長の凛とした瞳。この、暗い地獄のような場所でも背筋を伸ばして真っ直ぐと立っている。
天馬も、そして龍之介も、彼女のそういう所を好きになったのかも知れない。
 


「ハル、後で必ず会いましょう。必ず。」
 


晶子の声はどこか震えているような気がして。
みんなが悩みもなく笑って過ごせる仲良しクラスなんて、所詮幻想だったのだ。
俺はそれに、気がついてしまった。
過ぎった考えを振り切るかのように、千晴は走り出した。
 
 



【残り6人】
 
 
 
 
さて、問題です。


このクラスの中で、誰よりも生き残るべきなのは、誰でしょう。
 
 
◆ 

 
「男子3番、神尾龍之介。 逝ってよし」

中條晶子(女子2番)が教室を出てから10分程経った頃、榊原五郎(担当教官)の低く静かな声が、人数が減り最初よりも広く感じるようになった空間に響いた。
名前を呼ばれたことに驚いたのか、びくっと跳ねるように頭を起こした神尾龍之介(男子3番)明るい髪色の後頭部を、成瀬萌(女子3番)は見つめていた。
授業中なんかには、こくりこくりと舟を漕いでいたり、いきなりびくっと体を震わせた後に慌てて周りを見渡したりするのと同じくらいに見慣れた仕草だったのだけれど、今回はそんな平和的な話ではない。
戦場に行くように、という赤札のような宣告を受けたのだから。

龍之介が床に置かれた鞄を手に取る時、横顔ではあったけれどもその表情が見えた。
普段の明るい弾けるような笑顔は見る影もなく、浅黒い肌は血の気が引いているからかやけにくすんで見えたし、いつもなら生気に満ちていた瞳はどこか虚ろ――ただ、伏せ目がちの龍之介くんはなかなか見られないのだけど、やっぱりかっこいい人はどんな表情もかっこいいと思った。
さすがは、萌が惚れた男の子。

龍之介は立ち上がりざま、唯一教室に残されることになる萌に目を向けた。

「龍之介くん…」

小さく名前を呼ぶと、龍之介はふっと優しい笑みを浮かべた。
これまでに見たことのないような悲しげで儚げで優しげな表情に胸がぎゅっと締め付けられるような感覚を憶え、萌の双眸からは自然と涙が零れ、頬を伝った。

「龍之介くん…龍之介くん…っ」

「萌ちゃん…泣くなって、大丈夫、なんも怖くないからさ。 だって、俺らだぜ? 誰も、誰かを傷付けるはずない」

龍之介くんだって、本当は怖いくせに。それなのに、萌を気遣って、優しい言葉をかけて励ましてくれる。
萌は、そんな龍之介くんの優しさが好き。大好きなんだよ。
萌が口角を少し持ち上げて笑みを返すと、龍之介は小さく頷き、萌に背中を向けて教室の前方へと向かった。

大塚千晴(男子1番)が戸惑いながら言い、櫻田かおる(女子1番)が泣きじゃくりながら呟き、柏谷天馬(男子2番)が不機嫌さを前面に押し出して吐き捨て、晶子が感情の感じられない一本調子で読み上げた『私たちは殺し合いをする』という洗脳の言葉を、龍之介は普段よりは覇気はないけれどそれでもはっきりとした口調で言い切った。
1人に1つずつ渡しているデイパックを渡部ヲサム(担当教官補佐)から受け取ると、龍之介は重傷を負い椅子に座らされている担任の藤丸英一の前に立ち、その肩にそっと触れた。

「藤くん、大丈夫だから。 俺ら仲良しなの、藤くんはちゃんと知ってるっしょ? みんなでどうすればいいか考えるからさ、だから、大丈夫」

ハッ、という吐き捨てるような笑いが聞こえ、龍之介は顔を上げ、声の主である虎崎れんげ(担当教官補佐)を見遣った。
虎崎は教卓に置かれていたバインダーを手に取ると舐め回すように見た後、にいっと笑みを浮かべて龍之介を見返した。

「“仲良し学級”…ねぇ」

「…そうだよ、俺ら付き合い長いし、すっげー仲良し…だから、プログラムなんて成り立つはずが――」

「本当にそうかい? 本当に、何一つ確執のない、亀裂のない、互いを憎んだり傷付けたりすることの一切ないクラスだったのかねぇ?」

萌の位置からは龍之介の横顔しか見えなかったのだけれど、虎崎の言葉に、龍之介は大きく目を見開いた。
目を泳がせ、唇を戦慄かせ、2歩程よたついた後、踵を返して教室を飛び出した。
何か、思い当たる節があるのだろうか。
もしかして、萌が龍之介の幼馴染である晶子と仲が悪いことを思い出し、晶子を守らないといけないとでも思ったのかな――そうだとしたら、とっても傷つくんですけど。

クラスメイトが誰もいなくなった教室を見渡した。
小さく溜息を吐いた後、萌は鞄に手を伸ばし、淡いピンク色で大きなリボンが付いた化粧ポーチを取り出し、机の上に置いた。
手鏡に自分を映す。目が腫れちゃってる、泣きすぎちゃったかな。髪が乱れてるのはあのオバサンに掴まれたからだよね、大体あんなに怒ることないじゃない、更年期障害ってヤツ?唇が乾燥してる、この前おろしたばかりの桃の香りのリップはポケット…じゃなくてポーチに入れたんだっけ。
制服の上着のポケットに伸ばしかけた手を止め、ポーチの中を探っていると、渡部が戸惑いを含む声を出したので、萌は顔を上げた。

「え…え、え?成瀬さん…え??」

「なんですかぁ?プログラムって、身なりを整えるのがダメとか、そういう決まりでもあるんですかぁ?」

「や…いやぁ…ないけど…構へんねんけど…」

「じゃあなんですかぁ? …まあ、萌のこと見ていたい気持ちはわかるんですけど」

国の偉い人(なのかな?)まで虜にしちゃうなんて、さすが萌。でも、あの人はあんまり萌の好みじゃないかなぁ、無精髭って好きじゃないし。多分若い人なんだろうけど、若いなら若いなりに、藤くんみたいな爽やかさが必要だと思うのよね。まだ、あっちのスーツの人の方が良いかなぁ、身だしなみに気を遣ってそうな辺りが。

「あっはっはっ!!さっきはあんだけピーピー泣いてたのに、肝据わってるんだねぇ!!この状況が怖いとか言ってたのは演技かい?!」

今度は虎崎が大声を上げて笑った。
オバサンの笑い声って不快。萌はあんなオバサンにはなりたくないなぁ。
そんな感情は表に出さず、萌は髪を整えた手を止め、虎崎に目を向けた。

「えぇ~、怖いのは本当ですよぉ?本当にいっぱい泣いちゃったせいで、目が腫れて困っちゃってるくらいだしぃ。でも、外でまた龍之介くんたちに会うかもしれないんだから、ちゃんとしておかないと、会った時にがっかりさせちゃうでしょ?…まあ、髪が乱れてたり目が腫れてたりする位じゃ、萌の可愛さは変わったりしないんだけど」

萌みたいに可愛い子は、男の子たちをがっかりさせないように、いつだって最大限可愛くあるべきだと思うのよね。アイドルだってそうじゃない?あ、もちろん萌はその辺のアイドルより可愛いけど。
そう付け加えると、笑い声を上げていた虎崎はその不快な声を止め、あんぐりと口を開いてぽかんと萌を見つめていた。
あまり身なりを気にしてなさそうな人だから、萌の言葉に目から鱗ってヤツだったのかな?

「…準備はいいか。女子3番、成瀬萌。逝ってよし。なお、20分後には当エリアは禁止エリアになるので注意するように」

名前を呼ばれ、萌はポーチを鞄に入れて立ち上がった。
皆が言わされた言葉を繰り返し、デイパックを受け取った。うーん、萌には似合わないなぁ。

「藤くん…?」小さく名前を読んでみたのだけれど、返事がない。龍之介が声をかけた時も返答がなかったので、気絶してしまったようだ。

「お大事にね、藤くん…」

「頑張ってきぃや、成瀬さん!」という渡部の声を背中に受けながら、萌は教室を後にした。


外に出ると、萌はまっすぐ進んだ。建物の側をうろうろしていたら、禁止エリアとやらに引っ掛かりかねない。首輪が爆発するだなんておぞましいったらない。
誰かに襲われるかも、などという心配はしていなかった。龍之介が萌に言ったように、誰かが誰かを、というよりも誰かが萌を傷付けるはずなんてないと思った。

かおるちゃん。
かおるちゃんってば委員長のくせにのんびりしてるのがイラッとする時もあったけど、だからこそプログラムの中では誰よりも脅威だとは思えない。“ジンチクムガイ”って、あの子のことだと思う。
まあ、いい子だとは思ってる。萌ってばこんな恵まれた容姿だからか、女の子には僻まれたり妬まれたりして好かれないんだけど、かおるちゃんはそういうこと、なかったもんね。

晶子ちゃん。
普段からあまり仲良くすることってなかったし、何となく好かれてないのはわかってた。だけど、晶子ちゃんはそれを理由にして人を傷付けることはしないと思う。そういう子だったら、もっとたくさんぶつかってたと思うもの。
モデルみたいで、しっかり者で、大人びてて――正直、好きじゃない。外見がどうとか、中身がどうとかよりも、龍之介くんと幼馴染だからって一緒に登下校してたりするのがすごく嫌。ずるいじゃない。

千晴くん。
千晴くんって、イマイチ何を考えているのかわからない時はある。だけど、文化系だし、絵を描いたり雲を眺めたりしているような千晴くんが、人を傷付けるとは思えない。
そういえば、千晴くんって、萌や晶子ちゃんのことは名字で呼ぶのに、かおるちゃんだけは名前で呼んでたなぁ。部活が同じだからかな、と思ってたんだけど、もしかしたらもしかするのかも?千晴くん、萌のことは好きだと思うんだけど(男の子が萌のこと好きじゃないなんてありえない)、きっと萌は“高嶺の花”だからかおるちゃんで妥協したのかな?

天ちゃん。
天ちゃんは、誰よりも萌を傷付けるはずない。さっきはあのオバサンから萌のこと護ってくれたし、普段から萌のこと気に掛けてくれてたもの。
普段はツンツンしてるけど、萌、知ってるよ。天ちゃんってばツンデレってヤツで、実は萌のこと大好きなんだよね?うーん、その気持ちは嬉しいんだけど、応えられないや。だって、天ちゃんは小さくて可愛いもの。もっと背が高くて男らしければ、隣にいる萌の可愛さが引き立つから気持ちに応えても良いんだけど…。だから、せめて、晶子ちゃんとのことは応援してるよ。

龍之介くん。
自分だって不安で怖かったくせに、萌のこと心配してくれた。きっと萌に会えたら、笑顔で迎えてくれて、抱きしめてくれると思うの。萌を傷付けるなんてありえない。
ああ、ほんと、龍之介くんのこと好きだなぁ。だって、もちろん優しいところはたまらなく好きなんだけど、あの容姿。かっこいい彼氏と可愛い彼女、とっても絵になるじゃない。ちょっと色黒の龍之介くんの隣の萌はより色白に見えると思うし、例えばキスをする時には頑張って背伸びをする萌――ああ、とっても可愛いわ、我ながら。

ほら、誰も彼も萌を傷付けるはずがない。
クラスメイトたちへ思いを馳せながら歩いていると、微かに水の流れる音が聞こえてきた。確か、教室で見た地図によれば、会場の中には川が流れていた。それは管理事務所のあるB-3エリアではなかったはず、どうやら禁止エリアに引っ掛かることはなくなったようだ。

萌は川の傍の岩に腰を下ろした。
デイパックから地図を取り出し、改めて自分のいる場所がB-2エリアであることを確認した。
更にデイパックの中を探り、水の入ったペットボトルや、不味そうなパンを確認し――奥底に入れられた箱の存在に気付いた。
箱を取り出し、そっと蓋を開け――ごくり、と唾を飲み込んだ。
箱の中に入っていたのは、これまでテレビドラマや映画でしか見たことがなかった、銃だった。全長は20cm弱、基本的には黒色だがスライドはシルバーに光る、全体に丸みを帯びた自動拳銃――S&W シグマと説明書には書かれていた。
ごつくないだけマシかもしれないけど、萌に似合わないなぁ。萌が持つより、萌を護ってくれるボディーガードが持つのに相応しいと思うんだけど。

ただ…

萌は、じっとシグマを見つめた。
これを上手に使うことができるなら、生き残れるような気がする。
これはプログラム、みんなは萌のことを傷付けないだろうけれど、それではいつまで経っても終わらない。

かおるちゃん。晶子ちゃん。千晴くん。天ちゃん。龍之介くん。
……ごめんね。

たった6人の学級。一緒に勉強して、一緒にご飯を食べて、一緒に遊んだ、たった6人のクラスメイト。皆がいなくなることを想像するだけで、悲しい気持ちになる。
けれども、ここで萌がいなくなるわけにはいかない。学校には萌のことを大好きな男の子たちがたくさんいてきっと皆が萌の帰還を待っている。それに、萌がいなくなれば、これから先萌に出会う予定だった全ての男の人たちの人生に大いなる損失を与えることになってしまう。そんなの、可哀想すぎるでしょう?

「…待っててね、みんな。 萌、頑張るからね」





このクラスの中で、誰よりも生き残るべきなのは、誰でしょう。

正解は…

萌、でしょう?



【残り6人】
 1 2 次
カレンダー
02 2024/03 04
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
フリーエリア
最新CM
最新TB
プロフィール
HN:
水金翔・ユウキナオ
性別:
女性
バーコード
ブログ内検索
P R
忍者ブログ [PR]
 / Photo by MIZUTAMA